【わがねがふところを月輪も知らぬ】






古い屋敷で、一人の男を抱いている。
ちらと横目で庭を見やれば、大胆に開け放された障子の向こうで月下美人が開いていた。
時折水の匂いがする。

今宵は月も出ぬそうな。

組み敷いた下の男がうっそりと笑った。
水を吸った衣を纏っているかのような生温い空気に、薄墨の背景・・・、ぼやりと白く映るのは、縁の向こうの月下美人と、男の青白い腕と足。
すうと息を吸ったら、湿った埃の匂いが肺に雪崩れ込んできた。
さても分からないのは己のみである。

ぎん、とき、

下で男の声がする。郷愁を誘う声音だった。
べたりと水気を吸った畳に長い髪が散っている。己の着流しの流水紋より余程見事と見えた。
むわりとこみ上げる空気に古い藺草の匂いが混じっている。
これは一体どうしたことか。
組み敷いた男は同郷の昔馴染であった。しかし一度も情を交わした憶えなどはない。
長年の劣情を抱いた男が、今己の下で白くぼやけて婀娜な肢体を晒している。

あああああ・・・ ・・


あァ、夢か、
ついと動かした指に男の身体が添う。
じとりと張り付く汗が生々しく、吸い付いた白い肌に身体の熱が籠る。
盛りのガキじゃ、あるめぇに、よォ、
夢の男はゆるりと顔を上げて、己を認め、笑んだ。

ぎん、とき、

伸ばされた腕についた畳の痕が唯一の朱色。あとはただ薄墨とほの白いぼやけた宵に、温い油の中を泳ぐような息苦しさと、停止する思考。
月の代わりとでもいうつもりか、青白くひかるかんばせに、男の睫毛がぱさりと舞った。
・・・夢の中でこの男を抱いたのは初ではない。
常はこれより獣じみた情欲に濡れ、己も男も、理性などあったものかとよがり狂うのだ。
こんな、薄張り硝子の細工を相手にするような、夢は珍らかである。

あああ、あ・・・ ・・


濡れた襦袢が腿に絡み付くのを、鬱陶しそうに男が除けた。
婀娜な声に呼ばれたように、月下美人がとぷん、と鳴いた。ざあと一陣生温いものが通って、たぷんと何処かで水の跳ねる音がした。
ああ、涼しい、と、男が笑った。
白い咽喉をつうと一筋汗が伝うので吸ってやった。それが存外甘やかだったので、さてはこちらが花のほうであったかと思う。

こたろう、

嫣然と笑んでいる昔馴染の顔が何やら知らないものらしく、幼いころの名を呼びたくなった。
ふうと洩れる吐息が悩ましく、目の裏の熱がぐらりと揺れだす。
吸い付いた白い肌がひやりと心地よく、・・・井戸水に浸すようにずるりと手が追った。
背にまわるのは馴染みの男の腕か、庭で笑う白い花の茎か、露わになった白い咽喉笛に歯を立てると、男は月下美人の顔でうっとりと微笑った。

ああ、あああ・・・ ・・


べとりと己の髪が男の汗で張り付くのを、その先を男の舌が追ったのでよしとしながら、
もういちど自身が組み敷いたものに呼びかけた。
こた、ろう、
声にあがったかは知れない。ぐわんと目の前が揺れ、耳の奥がぼうとする。
浅く息を衝いたらまた廃墟の匂いが肺を充たすので、涼やかな甘露を求めて舌が男の咽喉元を辿った
(ああ己れは甘党だった)。

ぎん、とき、

男は今度はよく知る馴染みの顔で呼んだ。
敷いた着物がぐず、と紋を描き、ほの白い手がぺたりと胸元に添う。
ず、ず、ず、と、その手が汗を吸って下りてゆくのに、ぐわんとまた頭が揺れた。ああ、眠い・・・、

あああああ・・・ ・・


男の声が遠い。
またざあと一陣通るものがあって、今度は遠くから冷たく青臭い匂いがした。
この屋敷の向こうは山があるか・・・
思考を移せばもう一度下でぎんとき、と名を呼ばれ、つられてその口を吸った。
 

「       、」
 



あァ、でも、これ、夢なんだよ、なぁ。













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