『都合の良い口実つけて逃げてるようにしか見えねぇな』


【パペット・ダンスside.桂 4】


朝の台所は室内にいながら吐く息を白くする。
火にかけたミルクは常よりも湯気がたち、冬の朝には心惹かれるほど魅力的に見えた。
こう寒くてはすぐに冷めるといけない。少しだけ熱めにしたミルクを白磁のカップに注ぐと、居間のほうからタンタン、と窓を叩く音がした。

「ぎんとき?起きたのか。食事ができたぞ」

扉をあけると窓辺にいたぎんときはキャンディのような紅い瞳をキラキラさせてこちらを振り向いた。珍しい。いつも寒いのを嫌がって窓辺には近寄らないものを。
何か余程興味をひくものでもあったのか。カップを机に置いて傍に寄ると、窓にぺたっと小さな手を張り付かせて、ぎんときはうずうずと足をバタつかせた。

「雪か。ぎんとき、見るのは初めてか?」

まだ薄暗い空は真新しい雪を目立たせて、窓から見える白い小路はどれもぼんやりと明るい。
問われて、ぎんときは外の雪が光を浴びたような白銀の髪をふわふわとなびかせ、俺に向かってぶんぶんと首を縦に振った。
何かに熱中していても、ぎんときは俺が呼びかけると必ず俺に視線を合わせて意思表示をする。
そのことに妙に浮き足だった気分にさせられるのが不思議だ。ぎんときはそれはもう超カワイイ、世界一カワイイと確かに俺は確信しているが、それだけが原因ではない。気がする。

「そうだな・・・、まだ寒いが、出ようか。早朝の散歩も悪くあるまい」

今日は図書館で用事を済ませてから散歩に出ようかと思ったが、ぎんときがこれほど興味を持つなら先に行くとしようか。
ぎんときはパッと顔を輝かせてこくこくと何度も頷いた。同じような顔でも、子供の頃からダルそうな顔ばかり見てくるととても新鮮に映る。あれもこのくらい愛らしく笑めばよいものを。
ではまず朝餉にしようか、とぎんときを抱き上げて、笑いかける頬にキスをした。


***


雪も「ミルク以外の食事」になるのだろうか。
冷たい手触りとさくさくした感触にはしゃいだぎんときは、隙あらば雪を食べようとする。
「ミルク以外の食事を与えないこと」と言われていた俺は慌ててぎんときを抱き上げた。
実家から送ってもらった俺の昔の服にくるまったぎんときは、それでも雪をつかまえようとしてしきりに空に手を伸ばした。触れると溶けて消えてしまう。不思議そうに雪を掴んだ筈の手をじっと見るぎんときに思わず笑った。
小路に入るとどうやら俺たちが一番客のようで、白い絨毯がすっと伸びている。
歩き慣れた道なのに、何やら知らぬところへ続いているような気がして、無意識に歩くのを躊躇った。

「一番乗りだな、ぎんとき。こーゆー時はやりたい放題だぞぅ!よく見てろ、ほら、」

そう言ってふらふらと歩き出す俺をぎんときは暫く不思議そうに見ていたが、じきに下を向いて、雪道に足跡をつけてできた大きなハートマークを見つけて目を見開いた。カワイイだろう?と俺が言えば、はしゃいだように笑って冷たい両の手で俺の頬をぺちっと挟んだ。
ふと後ろを振り向くと、俺の足跡ひとつだけ伸びていて、腕の中のぎんときが少し頼もしく見えた。



暫く歩くと不意に風が出てきて、街路樹をしならせる。
枝に積もった粉雪がざあと揺れてきらきらと落ちていくのにぎんときは目を奪われた。止まってくれと俺の襟元を引き、スノーボールの中にいるようにきらきらと、ゆっくり粉雪が落ちてくるのを、飽かずずっと見つめていた。そのうち雪が落ちてしまうと俺を見てはにかんだが、また風が吹いて枝がきらきらとするたび、ぎんときはとても尊いものを見るように舞い散る粉雪を眺めた。
スノーボールのガラスのような目がきらきらと粉雪を映すのを俺は見ていた。そうして少し心がざわつくのを感じた。ぎんとき、と、集中しているところを無粋に中断させてでも、視線を合わせてほしいような、そんな気分だった。
ぎんとき。俺が見えているか。
俺が見えているか。銀時。
心の中で問いかけて、そうして唐突に理解した。

(俺は銀時から逃げたのか)

互いに知らないコミュニティを増やし、日々を充実させる銀時を、俺は恋人という名前で古い関係に縛りつけているだろうかと考えていた。けれどその実、俺はただ単に銀時が俺を見なくなることが不安だっただけではないか?銀時がもういいや、と俺を見なくなるのが怖くて、そうならないとは信じきれなくて俺は逃げた。「別れよう」なんてもったいぶった言葉で。
本当は、銀時が正しく俺の言葉を捉えるなんて最初から考えていなかったのだ。ハイハイ、と軽く流した銀時を、ことさら追及もしなかった。だって銀時と向き合って、もうどうでもいいよお前のことはと言われることを考えただけで、ひどく怖かったのだ。解り合えていた筈の、銀時の頭がどういう判断をするのか、「わからない」のが怖かった。
寄越された電話もメールも忙しい時期だったのを幸いに受け流し、引越したのも告げていない。

(俺は今、銀時から尾っぽを巻いて逃げ出している状態)

俺としたことが情けない。それを晋助に看破されていたなんてもっと情けない。
怖いは怖いが、本来なら俺は銀時と話をしなければいけなかったのだ。不安を覚えたその時こそ。

今更顔に集まる熱を持て余していると、いつの間にかぎんときのほうが「見えてる?」というそぶりで俺の顔を覗き込んでいた。苦笑してまた歩き出すと、まだ熱の残る俺の頬は温かいのか、ぎんときの手がぺたりと即席冷えピタをした。冷たいな、と俺が笑うと、そうだろう、というようにぎんときも少し笑った。

「ぎんとき、散歩のネタにするには黒歴史を晒すようで恥ずかしいが、まあ懺悔と思って聞いてくれ」

何か考えているの、という目でぎんときが俺を覗き込むので、俺はぎんときを抱き直してぽつりと話しはじめた。こういう時間が、きっと銀時とも必要だったのだ。
幼馴染という関係はどうも惰性と仲が良くていかん。長い年月は互いのことを大体悟らせてしまって、言葉に出して感情を伝えるには今更感が邪魔をする。言語と疎遠になりすぎた。いざ不安を覚えたときには意外なほど脆くなってしまう。


銀時、俺の茶番に付き合わせてしまって悪かったな。
愛想をつかしても構わないから、最後にもう一度だけ俺の話を聞いてくれ。まだ少しだけ怖いけど。

もう一度振り向くと足跡はやはりひとつで、俺は腕の中のぎんときをぎゅっと抱きしめた。







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