静かな部屋に、桂の声は静かに響いた。あるいはぽつりと小さく零れただけかもしれなかったが、銀時には古池にひとつ投じた小石の波紋が広がるように、じわりと響いたように感じられた。
また黙り込んでしまったテーブルの向こうは2体のプランツたちにどう見えていたのか。ぎんときと小太郎はそれまで互いの髪をわしわしと触ったり手と手を合わせたりしていたのだが、ぱたぱたとテーブルに向けて駆けてきた。そして、小太郎は桂の、ぎんときは銀時の、服の裾をそれぞれ引いた。

「エッ?」「うん?」

ぎんときと小太郎はそれぞれ同じ顔をして銀時と桂を見上げていた。少し困ったような、どうしていいかわからないけれどもとりあえず、というような顔をして。銀時はそれが何だかよくわからなかったが、桂にはその顔が、いつかぎんときが高杉をちらちらと見ていた時の表情に少し似ているように見えた。つまり、

「ははあ。俺が銀時をいじめてるように見えたか?そんなことはないぞぉアッハッハー」

ひょい、と桂は小太郎を抱き上げて高い高いをした。え、あ、何、コレ庇ってたの、と銀時はそこで気がついて、ぐいぐいと裾を引き続けるぎんときを見下ろした。
ぎんときは小太郎よりも少し眉をきつく寄せていた。恐らく桂の頭をはたこうとしていたところを見ていたのだろう。昔の自分と同じ顔に咎められるというのも何だかバツの悪い思いがして、銀時は膝の上に載せるようにぎんときを抱き上げた。

「・・・・ゆっとくけどいじめてたワケじゃないからね」

ぼそりと呟いたのをぎんときは耳ざとく聞き取って、銀時の膝の上でフッと笑った。それが何だか苦笑されているようで、銀時はますます居た堪れない気持ちになる。それを小太郎が桂の頭の上から見ていて、くすくすと笑った。

「不思議なものだな、銀時」
「あ?」

ぎんときを膝に乗せている銀時を、桂は目を細めて見つめた。こうしていると親子のようだ。一枚写真でも撮っておこうか。出会う筈がなかったというべきか、出会うべくして出会ったというべきか、今と昔を併せて見るようなプランツと本人とのツーショットを、互いにどこか非現実じみたものを見る気持ちでいた。

「俺もお前も、示し合わせたようなタイミングでプランツの目を覚めさせた。
他にも主を待つ人形はあったというのに、伯父さんの造った俺たちに似たプランツを、わざわざ」
「・・・そーだな」
「やはりお前とは違うと思いながらも、似ていると思うと気にしてしまうものだな。名前つける時なんか正直どうしようかと思ったもん。
そうしてみると今こうしてまたお前と話しているのも、何かの縁やもしれんと思われるよ」
「縁ねぇ・・・オマエ昔からそーゆーの結構好きだったよね」

小太郎を腕に抱いて、桂が微笑んでいる。
昔の面影と今の桂を併せ見て、アレこいつこんな顔してたっけ、と銀時は思った。
記憶の中の桂は確かに長い艶やかな黒髪を後ろに垂らして、きりりとした眉と少し垂れた目尻をしていたけれど。すっと通った鼻筋や薄くひかれた唇、パーツはどれも見覚えがあるのに、桂は少し大人びた顔をしている。
マトモに会うのが久しぶりだから?抱いているのが小太郎だから?
それも勿論あるのだろうが、そもそも俺は最近コイツの顔をこんなにしっかり見据えただろうか。
冗談言い合うときになんとなくぼんやり?それもここ数年は時間がすれ違って随分減った。キスするときは近すぎた、夜はホラ、暗かったし。
もしかしたら昔の桂のほうがしっかり顔を思い描けるんじゃないのか。思い至って、銀時は愕然とした。

「ぎんときなんか最初の頃すごかったぞ、表情までお前ソックリで」

同じ顔をしているのだからそれはそうだろう。ただし二つをイコールで結ぶには、基準になる一つが彼の中に無くてはならなくて、

「・・・俺さァ、小太郎の表情読むとき、大体オマエがどーゆー時どんな顔してたか思い出してた」
「そうか。当ててやれたか?」
「知らねェ。そればっかりは小太郎に聞かねーとなァ」

銀時が桂の腕に抱かれた小太郎を眺めると、小太郎は銀時に向けて一度にこりと微笑んだ。そうして今度は桂に向き合うと、どうだ、銀時は正解してたか?と可笑しそうに問う桂の耳元に手と口を寄せて、内緒話をするようなそぶりを見せた。

「・・・今、小太郎が今のオマエにソックリだったら、わかっかなァ、って考えてる」
「・・・・・そうか。当ててやれそうか?」
「・・・・・・・・・」

桂との内緒話ごっこは面白かったのか、小太郎は桂の腕をするりと抜けて、銀時の膝へ近寄った。
するとぎんときもそれを羨ましく思っていたのか、銀時の膝から隣の椅子に飛び移って、背伸びをする小太郎の口元に自分の耳を持っていく真似事をした。
言葉は聞こえない。が、小太郎とぎんときはキスするほど近くで内緒話のふりをするたび、顔を離すと目と目を合わせて、わかった?と言いたげな表情をしたあと、ふたりしてくすくすと笑いあった。

「・・・銀時、俺も、ぎんときが今のお前にそっくりだったら、」
「わかる?」
「・・・・・・・・・、いいや」

少し瞳を伏せて、桂は泣きそうな顔で笑った。
足りなかったのは、言葉だけかと思っていたら。共有してきた20年弱はお互いを分かり合うには充分で、解かりきったつもりにさせるにも充分な時間だった。成長し、変わっていく、そんな当たり前のことを見逃してしまうほどには。
お互いにどうでもよくなった訳でも、過去にばかり執着していた訳でもない。ただ相手の全てを解っていると思い上がって、分からないことが「解らなくなった」ように見えて怖くなった。
そうしてその「怖くなった」のを飲み込んでまた一歩踏み込むには、自分たちはちょっとばかり青すぎた。まァ情け無いことに。

「よく考えりゃン十年も連れ添ったジーさんバーさんが行き着く境地じゃねーかソレ。無理無理。
20年足らずでどうこうなるとか思っちまったのが今回の敗因よ」
「うむ。人生80年、20で連れそう相手としてもあと40年は足りんか。
ちょっと調子に乗ってしまったな、銀時」
「いやまァあと30くらいじゃね?最初の5年は猫かぶってンのと後の5年はボケてっから」
「馬鹿者イマドキ結婚後5年も猫をかぶる夫婦がいるか。3日で全ての猫が落ちるわ」

銀時は椅子をひいて、自分が座っていたところに小太郎を抱き上げて乗せてやった。
ぎんときと同じ目線になった小太郎がまた内緒話ごっこを始める。小さな両手を耳に近づけて、くすくすとさっきから随分楽しそうに続けているので、もしかしたらこいつらにだけわかる言葉とかあるんじゃねーの、と銀時は思った。
ふたりを横目に見て自分は桂の隣に寄り添う。そうしてふたりがしているように桂の耳元に手を添えると、桂は小首を折って銀時に耳を傾けた。



「・・・・・・・・。あのさぁ、」
「ん?」
「・・・・・・・・・・・『戻ってきて』。」
「・・・・・・・うん」




内緒話が二組、できているのを、小さなプランツたちのくすくすと微笑う声がとりまいた。










←1/2


お付き合いありがとうございました!



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -