「・・・・・・・・オマエもーちょっと何とかなんなかったの、名前」
「・・・・・・・・貴様に言われなくないわ。何だ普段呼びもしない癖に」


【パペット・ダンス 7】


忘れていたが、そもそも同じ名前で呼んだことをきっかけに友人たちに諌められたのだ。
今更になって後悔が二人を襲う。しかし何度やり直しても、結局似たような名前に落ち着いてしまうのだろうということも互いにわかっていた。

「・・・あの顔を他の名前で呼べるか」

そうなんだよね。銀時は戯れる2体を見て溜息をついた。あまりよく見ていなかったが、桂が連れてきた自分似のプランツ・ドールは自分ソックリのクセっ毛をしているけれど、髪にパサつきは感じられない。死んだ魚のようだと言われるやる気のない目は似ても似つかずキラッキラしていて何だか銀時のほうが恥ずかしくなった。見覚えのある昔の桂のセーターから伸びる手はぷにぷにと柔らかそうで、自分と小太郎に負けず劣らず、桂がぎんときを大事にしているのがよく分かる。
銀時はちらり、と桂を見た。
そんなに人形を大事に育てて。高杉に説教くらって辰馬にここまで連れてこられたんでしょ。ねェ俺たち一緒なんじゃないの。だから、その、オマエもまだ俺のこと、

桂の気持ちが離れていないならば、どうしてあの時この男は別れるなぞと言い出したのだろう。
銀時にはそれが分からない。

「あのさぁ、」
「何だ」
「・・・・・・なんで引っ越したの黙ってたの」
「・・・イヤ、殊更に伏せるつもりまでは無かったのだが、」
「電話もメールもかわすしさァ」
「忙しい時期だったのは本当だ。国試まで半年を切っていたし」
「そーいう問題じゃ」
「だが、」

桂は人の話を聞いていたんだかいなかったんだかよくわからないリアクションをとることは多々あるが、基本的に相手の話を遮ることをしない。
銀時はアレ、と思って背けていた目を桂に向けた。
視線を向けたら桂はいつもの生真面目そうな目をまっすぐ合わせてきたので銀時は少したじろいた。
定年退職した後に飲み屋でバッタリ学生時代の同級生に会ったような、とにかく随分空白の時間が空いているような気持ちがしてしまっているので、「いつもの」そぶりにいちいち翻弄されてしまう。
もしかしたらこんなカンジでいつどんだけ会っても結局コイツから逃げらんないのかなァ、と思って、銀時はもう今日何度目になるか知れない眩暈にまたくらりとした。

「だが、お前から逃げていたのも本当だ」

この長い髪も久しぶりに見る気がするよね。相変わらず憎らしいくらいサラッサラしやがって。
ぼんやりと頭の隅で呟いていた銀時は、桂の言葉ひとつで突然アラスカの流氷の中にぶち込まれた。
エ、ナニ、今コイツ何つった?逃げてた?俺から?何で?
瞬間、ここずっと巣食っていた「改めて桂にハッキリフられる」不安がまたぶわっと押し寄せてきて、銀時は今度こそ椅子を蹴りだして叫んで逃げ出したい衝動に駆られた。

「・・・・・エ、俺なんかした?」
「いいや。俺が一人で考えていただけだ。銀時、お前も俺も、お互い知らない世界が広がったし」

貴様はバイトだ何だと言って碌々授業にも出ないし。その割にさーくるの女子には何故か人気だったし。
唇をとがらせて桂が呟くのを銀時は呆然と聞いている。
銀時が心ここにあらずとしているのに桂は気づいて、ああ流石に呆れたろうなと静かに受け入れた。
ただのワガママじゃねーかバカ、お前はどこの女子高生ですか。ナニ、そんなんで銀さんオマエに振り回されてたの。あーホント時間の無駄だったわ何ホント何なのオマエ。
本当はそう言って頭をぺしっとはたいて欲しい。自分の言葉足らずでこんな面倒くさいことにしておきながら浅ましいことだなとそう思って、桂はひっそりと苦笑した。

「・・・・で?その新しーセカイが楽しくてしょーがないから俺なんかもういらねってか」
「うん。そうと思うと怖くてな。何しろお前は変なところで情に厚いし。
いらねって思ってもなまじ昔馴染、切り捨てられんだろう、貴様」
「・・・・・・・・・・・ん?」
「周りがどんなに変わっても俺たちは絶対だぞ!とお前が思ってくれてるとは、信じ切れなくてな。
特に何か障害を乗り越えたとかドラマな過去もなかったし」
「・・・・・エッ何コレ、俺の話?」
「他の誰の話だというんだ」

同性であることが障害にさえならないほど、空気が馴染むように自然に桂は銀時に恋をした。そうしてそれは太陽が東から昇るのと同じくらい自然なことだと言わんばかりに、銀時は桂を隣に置いた。
直接のきっかけなんて思い出せない、というよりそもそもあったっけそんなもん、という二人だったので。意外とパターンなゴタゴタにも弱くなるものだ、と桂はどこか他人事に考えた。

「じゃァ何ヅラくん、コレってアレなの、『ホントにアタシのこと愛してるの!?』ってアレなの」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん」
「オメーは馬鹿かァァアアア!!!
時間の無駄にも程があんだよ1年だぞ1年!こんなくっだんねーことに1年!!今時少女マンガでもこんなにスパンかけて悩まねーよ俺の荒れた生活で失ったモノプライスレスゥゥウ!!」

「銀時、俺はこんなくだらんことに1年かけねばならんほど、お前への言葉を知らなかった」

スパンッ、と頭をはたこうとした銀時の手が振り上げた空中で止まった。
ひたと銀時を見据える桂の瞳は静謐で、口を開いてくれなければ銀時は桂が何を思っているのか分からない。分からない、ということに気がついて、銀時はぞっとした。

「ぎんときは話せないからな。俺はぎんときに沢山の言葉をかけてきた。傍で暮らす者と意思を通わすというのは、本来割と難しいものだ」

「銀時、俺たちは大体のことは『わかって』いるな。しかし俺は・・・、少しそのことに寄りかかりすぎていたかもしれん。お前のことが『わからない』と気づいた時に、ひどく怖くなった」

それはまさに今の俺のことか。
振りあがった銀時の手は桂の頭に触れることなく、萎れた風船のようによろりと降りた。
淡々と桂が話す声は銀時の頭の中を一周2周してから体の中へ入ってくるので、銀時は桂の言葉を余程注意深く聞かなくてはならなかった。誰かの思考を理解する、というのは、本来このような作業だったろうか。それを桂としたのはいつが最後だったかと考えようとすると、また桂が唇を開けたので、銀時は慌ててそちらへ意識を向けた。

「俺たちはまだたかだか20年弱の付き合いだ。言葉なしとするには不足もあろうよ。
・・・・銀時、すまなかったな。『俺はあの時少し不安で、寂しかったのだ』。」





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