「・・・ヅラ」


けり倒された椅子が所在なく転がった。
幽霊でも見たように桂を見つめる双眸は、桂が腕に抱いた子供とよく似ている。
隣には黒髪の子供が行儀良く座っていて、桂は自分とぎんときに感じた違和感と同じものを、その男に感じた。


「銀時・・・」



【パペット・ダンス 6】



小太郎はぎんときを見るや椅子を降りて駆け出した。それを見てぎんときもむずがって腕から下りようとするので、桂はやっと我にかえってぎんときを下ろすことにした。
何かを察した店主が無言で置いていったティーカップからはジャスミンとも金木犀ともつかぬたおやかな香りがたっている。それに誘われるようにふらふらと桂が銀時の向かいの椅子に腰かけると、銀時も居心地が悪そうに倒れた椅子を立て、もう一度ゆっくりと腰を下ろした。
小太郎とぎんときは互いをしきりに見つめて、ぺたぺたと頬に触れ合っている。BGMもない空間で、随分と長い間2対のプランツが動く音だけが響いていた。

「・・・・・・・・なんでいんの、」

懐かしい顔をしたプランツたちを眺めながら、最初に沈黙を破ったのは銀時の方だった。
低く響く銀時の声は小さな呟きだったはずなのに、静かな空間に妙に大きく響いた。慣れすぎるほど聞き慣れた声だったが、桂はもう数十年ぶりにその声を聞いた気がした。
坂本に、と桂が話し始めるその声に銀時も随分懐かしい思いをしたが、二人ともがそれを知らない。

「坂本にプランツ・ドールの専門店があると紹介されてな。お前こそどうしたんだ」
「・・・高杉がこないだウチ来てよ、先生が昔の俺たちに似たプランツ・ドール造ったって。
流通ルート教えろって言うから連れてきたんだけど」
「晋助が?今来ているのか?」
「あー、今便所。・・・・のハズだけど。遅ェな」

居た堪れないとばかりに銀時が席を立った。声をかけられた店主が「ああ、その方でしたら先程お帰りになりましたよ。裏口から」と応えているのに桂の眉が寄せられる。
ハァァア!?と銀時が叫ぶのを背中で聞きながらため息をついた。

「裏口からって、何だソレ・・・」
「やられたな、銀時」
「あ?」

頭を抱えてふらふらと銀時が戻ってくるのを桂は腰を下ろしたまま見上げた。
視線の先に桂がいる。少し前までは空気を吸うのと同じほどには当たり前だったそれが何やら今は夢のような奇跡に思われて、銀時は眩暈を感じた。

「この間俺のところに晋助が来たんだ。銀時、お前のところにも坂本が来なかったか」
「辰馬?あーこないだ来たけど・・・。エ?ナニじゃあ、あいつらがコレ仕組んだって言いてーの?」
「ああ」
「バッカ、いくら何でもそんな中学生みてーなマネ・・・。・・・するな。ウン、するわ。あいつらならするね」
「うむ。・・・・坂本め、仕事の電話では無かったのか」

友人二人の計らいに今度は違う意味で眩暈がして、銀時はぐっつりと椅子になだれ落ちた。
互いに口には出さないが、共通の友人の計らいでこういう席に通されたということは、プランツをきっかけにして説教くらって、という経緯もだいたい同じなのだろう。同じような葛藤を抱えて、話さなければならないことも了知している。それが相手にとっても同じなのだということがわかってしまうから、銀時も桂もお互いに気まずい気持ちが半端無い。

「あー・・・あのさぁ、人形・・・先生が造ったって聞いたんだけど。先生ってそーゆーシゴトのヒトだっけ?」
「そーゆーシゴトのヒトだ。銀時お前は工房に行ったことは無いから知らなかっただろうが」
「へー。まァお前はわかるとして、なんで高杉知ってンの?」
「あいつ毎年先生のところ行ってるからな。お前も卒業のご挨拶くらいしてこい」
「・・・相変わらずねー晋ちゃん」

子供の頃の3人を、桂の家で面倒を見ていた松陽は自分の仕事について語らなかった。それは昔桂が工房を見たときにショックで泣き出してしまったからなのだが、おかげで銀時も高杉も松陽を私塾の先生か何かだと随分先まで信じていた。銀時などは今日このときまでである。松陽が昔の自分たちの人形を作った。それを思ってプランツを眺めると視線の先の2体が自分たちの思い出ビデオを回しているようで、銀時はすぐにでも松陽のところへ飛んでいきたい気持ちに駆られた。

「・・・銀時、お前俺のプランツ、買ったのか?」
「俺のっていうな俺が変態みてーじゃねーか。アレはちげーよ、飲み会でハメ外してブッ倒れてたらここの店の前でよォ・・・、店ン中入れてもらったらあいつが目ェ覚ましてて、」

引き取らなきゃ枯れるとか言うしさァ、メンテ出ろって言ったんだけどあいつ嫌がって、とあの日のことを話すうち、銀時は初めて小太郎が自分をショーウインドー越しに見下ろしてきた時のことを思い出した。(ああそうだ俺はアイツが迎えにきたかと思ったんだった)

「・・・オメーはじゃあ、先生んトコから引き取ってきたの。俺の人形」
「俺のっていうな俺が変態のようではないか。アレは違うぞ、伯父さんのところに卒業のご挨拶に伺ったら知らぬうちに目を覚ましていてな、」

帰り際に付いてきてしまって、こうなってはもう店に出せんというから、とあの雨の日を思い出して、桂はぎんときを引き取ることを決めた、初めて小脇に抱えた時のぎんときの目を思い出した。(そうだった、あれと同じ目をしているのが放っておけなかった)

「「・・・・・」」

思い出せば出すほど目の前の相手に直結してしまい、いたたまれない気持ちのまま黙り込んでしまう。特に銀時はあの日倒れるまで無茶な暴飲をした、荒れた生活の原因に突き当たって内心頭を抱えた。
互いに、せめて「お前に似ていたから手放せなくて」という一点については何とか否定したくて言葉を探している。深刻な顔をしてじっと2体を見つめる二人の視線に気づいて、それまでお互いを興味深そうに観察し合っていた小太郎とぎんときは動きを止めた。そして安心してよと言わんばかりに、揃って主人が愛でてやまない極上の微笑みを惜しげもなく向ける。
途端に主人たちの目じりがへらっと下がったので、満足したらしくまた二体は見つめあってくすくすと笑いあった。


「・・・やっぱオメーとは似ても似つかねーよ。マジ天使」
「貴様ヒトのこと言えた口か。あれだって貴様とは似ても似つかん。世界一の愛らしさだからな」
「馬ッ鹿オメー見てみろアレ。ウチの小太郎のがぜってーカワイイ」
「ふざけるな良く見ろ俺のぎんときの方が絶対にカワイイ」




「「・・・・・・・・」」







「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -