『おおー、ヅラぁ、元気じゃったかー』
「ヅラじゃない桂だ。久しぶりだな、坂本。
着信が残っていたが、どうした」
『晋坊からおんしも観用少女ば育てちゅうち聞いてのー、近くに一軒専門店があるんじゃけど、知っちゅうがか』
「いや、初耳だ。おんしもって、お前もプランツ育てていたのか?」
『ああー、いやいや・・・まあそこはえいちゃろう、ワシもプランツ・ドールには興味があってのぉ、どうじゃ、次の日曜にでも店を見にいかんか』
「次の日曜か、あいわかった」



【ダンシング・パペット 5】



「ぎんとき、首が絞まるぞ、こら」

子供用のマフラーを桂が巻いてやるのを、ぎんときは外そうとしてひっぱっている。
首にふわふわしたものがあたるのが不快だ、といやいやをするぎんときを、桂はかがみこんで暖かいのだからと言っては宥めている。
二人を迎えに来た坂本は、まるで親子のようじゃのうと笑いながらそれを待っていた。
坂本は高杉に話を聞いたと言っていた。何かしら諌められるだろうかと桂は思ったが、坂本はそれについて何も触れず、可愛いもんじゃと言ってぎんときを撫でた。

「坂本、その専門店というのはプランツを売っているのか?」
「そう聞いちゅう。他にもプランツ・ドール用の砂糖菓子やら何やら揃っちょるらしいき、おんしが喜ぶかと思ってのぉ」
「そうか。楽しみだな」

休日の街中は寒いながらも活気に溢れている。桂の腕に抱かれて通りを眺めるぎんときを、時折すれ違う女性たちが可愛い!と囁きあっていた。ちらちらと感じる視線に坂本が微笑ましく思っていると、どうやら隣を歩く桂も気づいていたようで、満足そうにニヤリと笑った。

「フフフ、そうだろうカワイイだろう、もっと言ってくれてよいのだぞ」
「ヅラ、声に出ちゅうぜよ」

通りを一本入って少し喧騒が和らぐと、坂本の携帯が鳴り出した。隣を歩く桂にも微かに聞こえる電話の先の声は聞き覚えがあるような気がする。そういえば坂本は在学中に起業していた筈だが、今日は忙しくなかったのだろうか。坂本と共に設立に向けて走り回っていた聡明そうな女性の顔が、不意に桂の頭をよぎった。
坂本は一言二言電話の相手と言葉を交わすと、通話を切って桂に申し訳なさそうな顔を向けた。

「ヅラぁ、悪いが急に呼ばれてしまってのー」
「そうか。まあ貴様も一企業の頭だ。仕方が無いな」
「店はホレ、もうすぐそこじゃき、見てくるがえいちや。あのショーウインドーのとこじゃ」
「ああ、ありがとう」

この埋め合わせはまた今度きっとするきに、と、冬でも外さないサングラスの下で眉を寄せて苦笑して、坂本は一度ぎんときの頭を撫でてから足早に去っていった。
その後姿を見送って、桂は一度ぎんときを抱きなおした。視線を道の向こうに戻すと、坂本が指をさしていた先に確かに明かりの灯ったショーウインドーが見える。
折角ここまで来たのだし、行くか、と桂はぎんときに呼びかけて足を進めた。


カラン、


「いらっしゃいませ」

ベルを鳴らして店に足を踏み入れると、チャイナ服を着た上品そうな青年が桂を出迎えた。
見渡す店内は西洋と中華が入り混じったような、どこかノスタルジックな雰囲気が漂っている。戦前の中国富裕層の屋敷を彷彿とさせる室内にはクローブがほのかに燻り、流れるような繊細なラインの椅子が静かに並んでいた。そのひとつひとつに少女たちが眠っている。
人の足も入らぬ根雪のような白く抜ける肌に、ささやかに色づく蓮色の頬と唇。
どの娘たちもいずれ劣らぬしなやかな金糸や黒絹の髪を静かにおろして、異国の姫君のようなドレスに身を包んでいた。年のころはぎんときと同じか、やや上くらいだろうか。なるほどこの娘たちが瞳を向けてにこりと微笑んだら、心蕩けぬ者などおるまい。伯父の工房で見たときとはまた違った心持で、桂は少女たちを眺めた。

「お客様、プランツをお求めでございますか?」
「うん?ああいや、知人にプランツ・ドールの専門店があると伺ったものですから。これに何か似合うものがあればと思いまして」
「おや、これは珍しい。少年型のプランツでございますね。素晴らしい、一級品の造りでございます。状態もとてもよろしい。
・・・大切に慈しんでくださっているようですね」

店主は桂の腕に抱かれたままのぎんときを覗き込んだ。そしてぎんときの朝日を浴びた雪原のような癖のある髪や、暖かな煉瓦色の双眸、ふくふくと柔らかい幼子特有の指を認めると、薄い眼鏡の奥で微笑んだ。

「少年型のプランツは、本当につい最近造られるようになったばかりでございまして・・・。
当店でも先日初めて取り扱い始めたのですが、すぐに引き取られていってしまいました」
「・・・・・・・それはもしかすると、黒い髪をひとつに結った」
「おや、ご存知で?
ああ、ちょうど今ご主人様と一緒にご来店中でございますよ。よろしければご一緒にお茶でも」
「え、あ、ああ・・・。それではお言葉に甘えて」

桂の脳裏を、自分似のプランツが店に引き取られていったという伯父の言葉がよぎった。
まさかこんなところでそれを確かめる羽目になるとは。しかもちょうど今来店中だと?
プランツはあくまでもプランツだとわかってはいても、自分を模したものだと知っていればその行方も気になろうというもの。
昔の俺がどんな者に買われていったのか一目見て行ってやろうではないか。できたら人妻がいい。
不安半分興味半分の好奇心に、桂は負けた。こちらへどうぞと店主に促されるままに部屋の扉を開け、





ガタンッ



椅子をけり上げて立ち上がった、見開かれた煉瓦色の双眸を呆然と見つめた。








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