『まだ未練があるろう』



【パペット・ダンスside 銀時 4】


ぺちぺちぺちっ

朝。目覚ましが布団の横に叩きつけられたのを聞きつけた小太郎が頬をぺたぺたと触ってくる。
あの店でブッ倒れた俺が小太郎にこうされて目を覚まして以来、小太郎は俺が起きてこないとこうして頬をぺちぺちとするようになった。あーカワイイ。ウチの小太郎は今日も可愛い。

「おー、おはよーさん」

ふわあああ、とデカい欠伸をしてカーテンを開けた。まだ薄暗い外の景色は、それでもいつもなら早起きのジーさんバーさんが散歩している。が、今日は影もない。代わりに大粒の白いものが道ゆく人の足跡をつけるそばから消していた。

「げ、雪じゃん・・・外出たくねぇー」

今日も一日バイトだ。せめて通勤時間くらいは晴れててくんないかなァ。溜息をついて振り返ると、小太郎が俺の抜け出た布団をくるくると巻いて満足そうな顔をしていた。ああ、ウン、あったかいよねソレ。でもなんか高っけェ人形がどんどん所帯じみてんだけどいいのかなコレ。
それにしても人の布団のあったかさは何でこう恋しいモンなんだろう。まだ俺も小太郎くらいの年だったとき、桂の家に泊まりに行くと大体同じ布団で寝ていた。というか、布団は二組あったはずなのに、「貴様の布団のほうがあったかい!」とか何とか言っていつも桂が入り込んでくるのだった。
おかげで朝は早起きの桂が布団を早々に跳ね上げて起きるので喧嘩になった。高杉もいた日なんかにゃあひどくて、それこそ3人でおしくらまんじゅう・・・、

「あー・・・ウン、メシな、メシ」

小太郎の目が不思議な色をして俺に向けられるのに気づいてハッとした。どうも最近小太郎の行動から桂との記憶が引きずり出されて落ち着かない。こんなに似ているのだから当然といえば当然かもしれないが、あるいは先日の坂本の言葉がどこかでひっかかっているのか。

『まだ未練があるろう』

息が白くなるほど冷える台所で手早くミルクを温めながら、俺はぼやりと坂本の言葉を思い出していた。
あの日から、小太郎が俺を見る目に不思議な色が混じっている。
非難でも侮蔑でもなく、もっとあたたかいが哀しげな何かだった。何かどっかで、見たことがあるような気もする。
それが何だかよくわからないが・・・、未練があるの、って、オマエもそう言いたいの?

「・・・・ねーよンなモン」

フられた相手いつまでも憶えてられるほど銀さん器用じゃねーんだよ。
乱暴な言葉を溶かしたミルクはいつの間にか熱くなりすぎて、俺は朝から小太郎に謝り倒すハメになった。



―――吐き出した白い息が視界を見えにくくする。
いー子にしてろよと小太郎に言って家を出て、白い道にさくさくと足跡をつけた。
大通りを越えて、また細い通りに入ると先人は一人だったのか、前に一つだけ足跡が続いていた。割と大きなスニーカーの足跡で恐らく男と知れるのに、積もった雪にはしゃいだのか、足跡はときどきあっちに揺れこっちに揺れ、ハートマークなんか作っている。なにこれウザッ。
イイトシして雪にはしゃいでんじゃねーよ。
大人気なくハートマークの上を踏み荒らして通った。

『雪の道に足跡があるというのはいいものだな。知らぬような道でもそこを歩いた先人がいたことがよくわかる。
時は違えど何だか同道するような、一人歩きの慰めになるだろうが』

寒いの嫌いな男が、よくこう言っては好んで雪上の足跡の隣を歩いていた。
オーイ銀さん空気か、といって俺が足跡の上を上書くように歩くと、『ちょっ、足跡殿に失礼であろう』とかワケのわかんない抗議をした。
今、気づくと一人歩きの俺はいつの間にか足跡の隣を歩いている。
ふ、と後ろを振り返るとまるで隣を添うような足跡が続いていて、思わずチッと舌打ちをした。


***


年末増える道路工事のバイトはさァ、割はいいんだけど寒いんだよね。もーちょっと前倒しで秋にやりやがれ秋に。
かじかむ手でドアを開けると、いつものように小太郎が笑顔で出迎えて足に飛びついてきた。
あー俺この一瞬のために以下省略。
冷てー手でワリーな、と言って小太郎を抱き上げる。いつも大人しく腕に収まる小太郎は、しかしここのところ抱き上げると頬に手を伸ばしてきて、朝のようなぺちぺち、をやる。あの不思議な色をした目をして。何なの、小太郎。反抗期?お父さんにだっこされるのイヤんなるお年頃か?
アイツの考えてることも昔ッからわかんなかったけど、小太郎も大概・・・まあ喋んないしね。アイツ喋ると余計わかんなくなるしね。ここ違いだよね。

「なーオマエは何考えてんの?」

ぺちぺちと頬に触れてくる小太郎に視線を合わせると、不意に既視感が襲った。


『・・・・・・心配したんだ、銀時』

まだガキのころ、桂の誕生日と知って、しばらく前から秘密で準備をしたことがあった。
駄菓子屋に誘われても行かねーで小銭ためて糸と布買って、遊びに誘われても断ってアイツの好きだったマスコットキャラかなんかの小っちぇーの作ったんだっけ。買うと高かったから。
出来は散々だったけどウザいほど喜んでくれた。だけど最後に奴はこう言ったんだ。

『毎日誘っても断るから、俺が何かしたか、いや不治の病かと・・・心配したんだ、銀時。
「さぷらいず」は嬉しいが、そう言ってくれ!銀時!俺の中でお前あと3ヶ月の命だったのだぞ!』
『言ったらサプライズじゃねーんだよバカ』


心配したんだ。言ってくれ、銀時。
ぺちぺちと触れてくる小太郎の目は、あの時妄想で俺を病死させかけた桂の目によく似ていた。
何だ、俺心配されてたのか。
そういえば何考えてんのと聞きながら、俺のほうは小太郎に何も言っていなかった。人形だけど考えることも、アイツと似ているけどアイツじゃないことも、知っていたのに。

「・・・小太郎、今日は銀さんの話聞いてくれる?」

小太郎は俺の頬に触れたまま、ひどく幸せそうな顔で微笑んだ。ので、予想は外れていなかったと悟る。そうだな、男はどうにも言葉が足りなくていけねーよ。
小太郎にも、桂にも。
アイツも大概言葉が足りてねーしな。いらんことばっかやたら言うけど。
今夜小太郎にすべてを話したら、次に伝えるべきは誰なのかわかっている。


ああそうだ、未練タラッタラだよ悪ィかコノヤロー。そこんとこガッツリ話し合おうじゃねーの。
ヅラァ、とりあえずオメーさっさと新しい住所教えやがれ。










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