リーン...


リーン... ....




【紙の月だと知っていた】


三日に一度くらいの頻度で、桂は電話に出ない。
こちらがかけた時間に出なければ、当然ながら桂からかけなおしてくることはない。そういうときはチッ、と舌打ちひとつして、明日の会話のストックを溜めるのだった。
そんな長い一日が、もう一週間続いている。

「・・・・・」

下敷きにした左足は結局見事に折れていた。
おかげで外回りには出れないわ書類仕事がまわってくるわでどうにもストレスが溜まっていけない。目を通しただけで嫌になった紙束をヒコーキにして、木目の空を飛ばした。

(イヤミの一言でも言ってやりてェもんだ)

欲しがった瞬間に与えられなかった餌は、腹を充たしてもそればかりを求めて満足を忘れさせる。
夜毎耳元で流れていった声は高くもなく低くもなく、するりと脳に絡みついた。そうして会話を離れてさえ、囁く声音を思い出す。
妙な話もあるものだ。距離をあけてしか見ない相手の、息づかいや苦笑する気配まで知っている。
桂の声を聞けば聞くほど、外で追うあの背は何故遠いのだろうと疑問さえ沸いてくる。
やっぱり電話なんてやめときゃよかった。これではまるで、とちらり後悔が掠めかける。しかしそれは襖の向こうの物々しい空気が邪魔をして形にはならなかった。

「オイ山崎、どうしたィ」
「あっ沖田隊長!桂の居場所をつきとめたんです、それで今夜ヤツの隠れ家に御用改めが」
「へー。人がこんな時に、相変わらず間の悪いヤローでィ」
「わかってんだろうがオメーは留守番だ、総悟」

山崎の報告を受けて俺の代わりに土方さんと一番隊、それから数名の隊士が出動の仕度を整えている。
黒い隊服は闇に紛れて、夜こそ動きやすくなる。日頃月を映して白銀の弧を見せる刀身は、しかし今夜は静かに闇を吸い込むだろうと見えた。

(ああそれで、)

桂はとうにそれを知って動いたのだろう。山崎がつきとめた居場所とやらは、恐らく既に家移りの後だ。
一言言ってくれれゃいいのに、とつい思って、笑い出したい衝動に駆られた。どんな道化だ。
そこに桂はいやしないと、教えてやるのが親切だ。けれど知るに至った経緯を説明するには、自分と桂の夜毎の通話が知れてしまう。通謀を疑われる恐れよりも、ただあの会話を人に語るのが面白くない。屯所内で堂々となされた、けれどどこか密事めいたそれを、今となってはひとつ胸の裡に囲っておきたいのだ。そう、今となっては。
どうせ行かせたところでこちらに被害は出るまいし、待ち伏せて攻撃を受けることを警戒するほど、桂はこちらを相手にしていない。腹立たしいことに。

(結局ロクな情報入ってきやがらなかったなァ、)

よくわからない小ネタばかりやたら豊富にはなったけど。
攘夷浪士の情報網の先にでもひっかかれば、と思って始めた奇妙な電話だったが、いつの間にやら目的と手段が逆だ。有益な情報の入らないのにポーズではイライラしながら、腹の中ではあの声を聞けば満足した。
ミイラ取りがミイラ、とはよく言ったものだがそれを認める訳にはいかなかった。だがそれも、

(これで終めーだ。芝居は跳ねた)

どすどすと黒い背中がいくつも遠くなるのを見送った。
もうあの電話が桂の声を通すことはないし、そうであれば、もうあの距離で軽口を叩かれることもない。
いつまでも続くなんて考えちゃいなかったが、今日いま終わるとも思っていなかった。
何事もいつか手放すから愛おしいのだと、いつか言ってた奴もいた気がしたが、

ほんとうは、もう少し手元に留めておきたかった。




***


「もうお帰りですかい。随分早かったですねェ」
「うるせぇな。桂の野郎、ふざけやがって」

一刻もしないうちに隊は戻ってきて、もぬけのカラだったと口々に不服を零していた。
殊に土方さんは何か腹に据えかねることでもあったらしく、煙草に火をつけ、ふかし、半分も削れないうちにギリリと歯で潰してしまい、また新しいのに火をつけ、という不毛なサイクルを繰り返している。

「ふざけたヤローなのは今に始まったことでもねーでしょーや」
「あのヤロウ、家ン中に電話回線引いてやがった!!警察ナメてんのか!?」
「ナメてんじゃねーですかィ」

(俺ァそのステージは大分前に通過しやした)

テロリストに暢気に自宅の電話回線なんて引かれてちゃ警察のプライドはズタボロだ。そういや自分もイラっときたモンだった、とどこか遠くに思い出す。確かにこれは警察相手に随分な挑発行為だ。
既に懐かしい気持ちすら覚えて思い出すのに、途中で何かがひっかかる。そうだ、以前にも桂の居場所を襲撃したことはあったが、その時は電話は勿論家財道具一切が消えた後だった。つまり文字通りもぬけの空。ヨユーだなオイ、とこの時も随分立腹したものだったが、

「てこたァ、今回は家具類残ってたんで?」
「いや、ちゃぶ台の上に見せ付けるように黒電話が一台だけだ。いちいち腹の立つヤロウだぜ」

桂は、
恐らく襲撃を受けると知ったら自分が出てくると思っただろう。あるいは屋根から落ちたのを見ているから人づてに聞くかして、とにかく自分がこの状況を知ることを予想しただろう。
黒電話一台だけ残して桂は去った。それが俺に知れると知って。
それが何かの意味を持つのか、単に気まぐれか、そこまで知ったこっちゃないが、
あるいは桂、アンタにも感傷めいたものが少しでも掠めていたなら、


(・・・・ざまーみろ)


腹の中でやっと呻いた一言は、言葉に反してちっとも気晴らしにはならなかった。
ただ桂があの形のよい眉を寄せて、電話を置いていこうと決めたところを想像したら、昏い微笑が浮いてきた。


少し寂しくなるがと瞼の裏の桂は呟いたので、頭の奥がキリキリとした。





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