『屋根から落ちた?何だ、無用心だな』

そんな可愛げのないことをいけしゃあしゃあと言うんだろう。
今夜耳元に届く声を予想したら口元が緩んだ。こんなときまで。


【ペニー・アーケードにひとり】


夜毎の通話はあれからも飽かず続いた。
相変わらず攘夷浪士のネットワークや武器の経路など一切の情報はちらりとも会話に挟めていない。
その代わりに俺の手帳は江戸中の桂オススメ蕎麦屋情報と犬猫ファンシー情報で既に2ページが割かれている。蕎麦とカワイイモノ好きの女相手ならデートコースにゃ当分困らないだろう。そんな女がいるかどうかはさておいて。
こちらといえば、特に桂のように熱弁をふるえるようなネタもないから、町の様子がどうだったとか、今日のメシがマズかったとか、当たり障りの無いことばかり話した。内部情報を聞きだすハラなら、桂には俺以上に得るものが無いだろう。それでも桂は何だかんだといっては俺の話に付き合った。

「旦那、御箪笥町の辻の地蔵にオバQの手ぬぐいかけたのアンタでしょう」
『オバQじゃないエリザベスだ。よく分かったな。ホラ昨日雪ひどかったじゃん』
「カトちゃんみたいになってましたぜ。アレで恩返しにゃ行きたくねーや」
『そうか、だから来ないのか。折角昨日から鍋を用意して待っているというのに』

桂は時々江戸の町にささやかなマーキングをしていく。
縄張りを主張したいのか単に遊んでいるのか。たまに跡を見つけてはその晩にからかう。
おかげで見回りのときも、つい町のどこかに何か残っていないか探してしまうようになった。それから今夜は何を話そうかと、きょろきょろと色んなネタを集めるようにもなった。それがどう見えているのか、土方さんには「最近職務熱心で気味が悪い」と言われた。膝カックンで返した。

「そういやアンタがこないだ言ってたクレーンゲームですけどね、もう取れましたかィ」
『いや、くれーんげーむは一日一回と決めておってな。未だに取れん』
「そろそろ中身入れ替えるそうですぜ」
『マジでか。困ったな・・・いやしかし・・・うーん』
「まァ精々頑張ってくだせェ」

巡回ルートにゲーセンを入れて以来、他の隊士の見回りの時に桂を見つけることは何度かあったらしい。
意図的でもあるまいが、何故か自分の担当の時には影ひとつ見えなくて面白くなかった。
あのルートは丁度明日の担当だし、こう言えば今度こそ会うこともあるだろうか。


そして次の日。さみー、と隊服のポケットに手をつっこんで市内をぐるぐるしていると、突然「あああああ!!」と絶望的な声がした。
件のゲーセン前。思わず浮き足立ったのは気のせいではない。ずかずかと中に上がりこむと、藍色の羽織を着た男が長い髪を散らして、「くっ・・・姑息な真似を!」と呻いていた。

「おにーさーん、俺が取ってやろうかィ」

項垂れる後姿を見て、そういえば声ばかりで、姿を見るのは久しぶりかもしれないと考える。
いやそうでもないのか?3時間走らされたと桂に愚痴を零したのはいつだったか。
毎晩のように声を聞いていればそれも相対的に久しく感じるものなのか。
後ろからかかった声に桂は無防備に首をまわし、

「あ」

反復横とびってこうやるんだぜ、みたいなカンジでびよんと跳ねてダッシュで逃げた。


「かーーつらァアアア!!」

相変わらず逃げ足の速い。もしかしたら今日はと思ってバズーカを持ってきたのは良かったのか悪かったのか。もうほぼ対桂専用になっているバズーカはきっちりと手入れをされて、いつでもスタンバイオッケーだと堂々たる態度で肩に存在感をアピールしてくる。重い。
ばふん!と撃った一発目は桂の頭上すれすれを飛んでパチンコ屋の看板を木っ端微塵にした。

「待ちやがれ桂ァァア!」
「待てと言われて待つ者が、よっ」

桂はそのまま外付けされたパチンコ屋の非常階段を駆け上がると、ビルの屋上からひらりと民家の屋根に飛び移った。

「チッ」

屋根の上を逃げられると厄介で、上を追いかけるとそのうち入り組んだ細路地に滑り込み、追って下りた時には既に影もない。かといって下を待ち構えて追えばひらりひらりと上手くこちらの行き止まりを利用して屋根の向こうに消えてゆく。つまり非常に撒かれやすい。
ばふん!屋根の上からもう一発。桂は小首をかしげて横にかわし、ひょいっと次の屋根に飛んだ。

2町くらい回っただろうか。桂はちらっと横目で何かを確認すると、そちらの方へ足を向けた。
ほぼ同時進行でこちらもそれに視線をやると、桂を拾いに来たのか、いつものオバQペットが細い小道からこちらを見上げていた。大きく開いた口から、バズーカを覗かせて。
ばふん!
オバQがバズーカを撃つのと、こちらが撃つのともほぼ同時だっただろう。二つの弾は中間地点で着弾し、民家の二階部分を二棟焼いた。人がいなきゃいいが。
撃った衝撃でバランスを崩した身体を持ち直そうとして足を踏み込むと、

ずるっ

「あ」

・・・屋根に残った雪で滑って、細い路地裏に吸い込まれた。

どんがらがらっ!

ごりっとした感触が背中に当たる。落下の際思わず引っ掴んだのか手に骨の折れた傘を握っている。
下は幸か不幸かゴミ捨て場だった。ビニール袋の山で頭への衝撃は最小限だったが、横すべりに落ちたせいで下敷きになった左足がちょっとイってる気がする。
見上げる先に桂の気配はもうどこにも無い。当然だけれど。
結局今日も逃げられた。のみならず無様にゴミ捨て場に突っ込んだ。気分は最悪だ。

「イテーな畜生、」

気分は最悪だ。何が最悪だってこんなときに釣りあがる口元が最悪だ。
落ちていく瞬間、桂は振り返ると目を見開いて俺を見た。あっ、って言っただろう。いつも引き結んだ口元がちょっと開いていた。それだけで随分スカッとした。ざまーみろ。
あんな顔をしておきながら、きっと今夜電話口ではまるで知らぬ風で嘯くのだ。

『屋根から落ちた?何だ、無用心だな』

そんな可愛げのないことをいけしゃあしゃあと言うんだろう。
そうしたら何と言ってやろう。あるいは「蕎麦屋の主人」なら怪我を労わってくれるだろうか。そんなことされたら最高の皮肉が返せる気がする。


(・・・ああ、早く夜になんねェかなァ、)

さっき聞き取りそびれたあの声を、聴きたくてしょうがない。
ゴミ袋の山に埋もれて笑う額に、ポツリと雨が降り出す音がした。








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