「おいヅラぁ・・・何だソレ」

玄関を開けた晋助はのけぞってぎょっとした。
凝視するその先には、互いに見覚えのある子供の姿がある。


【パペット・ダンスside.桂 3】


「・・・という訳でな、お前もいっぺんご挨拶に行ってこい」
「馬鹿野郎俺ァ毎年先生に新年の挨拶欠かしたこたァねェよ。てめぇらと違ってな」
「そうか。新年にはお前に似た最後のプランツも出来上がっている頃だろうな」
「・・・・・先生・・・・」

コイツらの不義理はともかく、なんで俺まで。
ぎんときを引きとるに至った過程をざっくり話して聞かせると、今度からもっと頻繁に伯父の元へ行く、と晋助は決意を固めたらしい。
炬燵に入ってぶつぶつ晋助がこぼすのを横に聞きながら、俺は二人分の茶を淹れた。同時進行でミルクを温めていると、腹が減ったのかぎんときがやってきてくい、と服の裾を引く。

「ほら。・・・熱いぞぎんとき、こぼすなよ」

手渡したカップをぎんときは危なげな手つきでカタカタと運ぶと、炬燵の上にソーサーを置き、晋助のナナメ向かいに座ってミルクを飲んだ。このときぎんときが見せる満足そうな笑みを俺は一日三度の楽しみにしていて、つい釣られて口元が緩んでしまう。
晋助は一連の流れを俺とぎんときと見比べて、信じられないものを見るような目を寄越した。

「・・・てめぇコレ銀時って呼んでんのか」
「ぎんときだ。・・・この顔を別の名前で呼べるか?」
「だからって信じらんねェな。ヅラぁ、てめぇ銀時とは別れたんだろ?ナニ未練がましいことしてやがる」
「未練などでは・・・」
「未練じゃなくて何だってんだ。大体目ェ覚めたからっつって連れて来なきゃならねぇ道理もあるめぇ、製造元にあってメンテできるっつってんだからよ。
それを何だ?連れてきた挙句アレと同じ名前まで付けやがって。
俺にゃあてめぇが都合の良い口実つけて逃げてるようにしか見えねぇな」
「高杉」
「俺ァ何か間違ったか?ヅラ、どうせてめぇのことだ、アレと別れるのだっててめぇが勝手に一人で悩んで決めただけだろ?たまたま今回銀時の野郎が引き戻すタイミングドベっただけだろうが。
まァあのヘタレのことだ、てめぇに改めてハッキリフられんのにビビったかもしれねェが、」

がたんっ

げしっげしっ!!

「っ痛ェな!何すんだこのガキ!」
「ぎんとき」

げしげしげしっ!!

それまで大人しくミルクを飲んでいたぎんときが、やおら立ち上がると晋助を容赦なく蹴りだした。
さっきの福々しい笑みはどこへやら、思いっきり眉を寄せて、唇をかみしめて震わせて。
小さな白い拳は脚が出なければ振り上げるところだ、と言わんばかりに堅く握り締められている。

「俺ァてめぇの主人に怒ってんだよ、てめぇじゃねぇ」

するとぎんときはぴたりと蹴るのをやめた。と思うと、かわいそうなくらいに噛み締めた唇をぶるぶると大きく震わせて、その大きな瞳からぼろぼろと涙を落としながら今度は晋助を殴り始めた。
お前の、それが気に入らないのだ、と言わんばかりに。

ぽかぽかぽかっ!!

「だから痛ェっつーの!」
「ぎんとき、もういいから」

俺はプランツ・ドールが「泣いた」ことに驚いてしまって反応が些か遅れた。ぎんときの泣いたあとはころころと赤いガラス球が転がって、傍に寄って顔を拭ってやる俺のセーターの袖の中にもいくつか入り込んだ。幼子特有の、ふわふわと柔らかな髪をぽんぽんと撫でて膝に乗せてやる。と、ぎんときは晋助から顔を背けるように俺にしがみついてきた。
晋助はそれを暫くじっと見ていたが、やがて「厄介なモン抱え込みやがって」と言って長いため息をついた。

「俺ァもう帰るぜ。先生の話も聞いたしよ」
「すまないな、高杉」

立ち上がってコートを取る晋助を送りに立とうとすると、ぎんときが困惑した顔でまた裾を引っ張った。
俺を傷つける「ワルモノ」のところへ俺を行かせまいとするぎんときに苦笑する。大丈夫だ、ここで待っていろ、と俺が髪を撫でて言うとぎんときはしぶしぶ、という体でようよう拳を離した。

晋助が玄関を開けるとぴゅぅ、と冷たい風が吹き込んだ。
もうすっかり冬だな、と身体を震わせると、ヅラ、と晋助の声がした。

「てめぇが何しようと勝手だけどよ、アレは銀時じゃねぇぞ」
「わかっている。お前が取っ組み合いの喧嘩をしないしな」
「するか。・・・これでも心配してんだ。あんまフラフラしてんじゃねぇ。
・・・じゃあな」
「ああ。・・・ありがとう」


コートに包まって、背を丸めて歩く見慣れた背中を見送り、俺は扉を閉めた。
居間に戻ると相変わらず険しい表情をしたぎんときが待ち構えていて、俺を見るとぱたぱたと駆けよってくる。
安心させてやらねばなるまい。そのままぎんときを抱き上げようとしたが、ぎんときは俺の手を掴むとぐいぐいと引っ張って、ソファに座らせようとした。そうして自分はソファの上に立つと、俺の頭に向かって両腕を伸ばした。
何だ?膝に乗せるのが良いのか?
俺はぎんときを持ち上げようと、近づいて背中に手を回した。するとぎんときは俺の頭を抱え込み、ぽん、ぽん、と、俺が先ほどあやしたように俺の髪を撫でた。

「・・・ぎんとき」

慰められているのか。俺のほうが。
小さな手が俺の頭をなぞる。この小さなものが随分愛しくて、俺は緩んだ口元のままに、少し泣いた。
ぎんときの手は、暫く、ぽん、ぽん、を止めなかった。










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