プランツが濡れてしまうのはあまりね、といって帰りは伯父が車を出してくれた。
「観葉少女というので植物的な何か=水オッケーだと思ってました」
「『観用』少女です。・・・小太郎、トリセツ付けますからちゃんと読むように」

【パペット・ダンスside.桂 2】


帰って慌てて洗濯物を取り込んでいる間、プランツはベッドに腰かけて大人しく座っていた。
寒かろうからコタツに入っていればいいのに、と思い呼びかけようとして、そうだ名前、名前をつけてやらねば、ということに思い至った。

「そうだな・・・お前の白いふわふわの髪は実家の太郎に似ているが」

視線をやりながら洗濯カゴを傍に下ろすと、自分の名前の話だとわかったのか、プランツはうぇー、という顔をした。なんだ嫌か。俺はいいと思うぞ。最近は読めもしないような当て字的な名前が流行っているようだが、やはり名前というのは一生モノゆえシンプルかつ清廉なだな・・・。
とはいえ、このプランツも最近のヤングエグゼティブ。プランツだし、いっそ横文字もアリだろうか。
こう・・・キュートかつビューリホーなカンジの、

「エリザベス!エリザベスはどうだ」

この時のプランツの顔を俺は多分一生忘れない。
例えるならば、ファミレスで出てきたホットケーキの上の丸いバターをアイスクリームだと思ってメッチャほお張ってしまった時のような顔をしていた。

「・・・・嫌か・・・・。ではステファン」

ジョセフィーヌ、ロザリンド、といくつか挙げたがどれも全力の首ぶんぶんで却下された。
女性名が嫌なのか?ではエンリケ。ホレイショー?検討されもせずに拒絶された。
名前というのは難しいものだな。ナウなヤングの好みがわからん。
ここまで俺の一押しチョイスを拒否するというのはもしかしてアレか、伯父さんのところで一時的に呼ばれていた名前でもあったのか。
そうだとすれば、きっと、

「・・・・・・・・・ぎんとき」

この時プランツは初めて俺の顔をじっと見た。
名前に反応したのか、突然歪んだ俺の顔に驚いたのか、いずれかは分からないが。
銀時。誰かに向かってこう呼びかけるのは、もう随分久しくしていない。以前はそれこそ呼ばぬ日などないほどに呼んでいた名だったけれど。

『銀時、別れよう』
『は?ナニ今更別れるとか別れねーとか・・・まー別にいーけどさァ』

ちょうど去年の今ごろだった。銀時の部屋でそんな話をした。あれはコタツに寝そべりながら顔だけ上げて、世間話でもしたようにまたすぐ視線を手元のジャンプに戻した。
俺たちは幼馴染で、もうずっと一緒にいたから、恋人になろうが別れようが肩書きが変わるだけで、結局ずっと一緒にいる。今までそうだったから、銀時もそう思って承知したのだろう。
けれど俺はあの時、『別れよう』と言ったのだ。名前だけでなく。大学に入ってから世界を広げたお前を、俺が縛っているように感じたのだ。
いつも通り炬燵で蜜柑をむきながら俺が考えていたことを、あれは知らないままでいる。
きゅ、と不意に指先に圧迫感があった。
回想モードから引き戻されて俺が俯いていた視線を上げると、プランツがどうしたの、という顔をして俺の指を握っていた。

「ぎんとき」

握ってくる手はとても小さい。ふくふくして白い、子供の手だ。
これは銀時ではない。幼いころのあれによく似た、全く別の人形だ。
本当はエリザベスでもホレイショーでも、とにかく別の名前をつけてやるべきなのだ。『赤ちゃんの命名サイト』でも何でも回って似合いの名を見つけてこい。さあ、動け桂小太郎。

「・・・ぎんとき」

それでも向けられる顔が懐かしくて、その、ちょっと眉を寄せて怪訝そうに様子を窺ってくる様なんてそっくりで、ベッドの縁から動けない。
プランツは俺の手を握ったままじっと俺を待っている。こういう忍耐強さはあれにはなかったが。
不意に窓が揺れてレースカーテンをなびかせた。風が出てきたようだった。
すぅ、と鏡あわせのように二人してそちらに目がゆき、また戻って、もう一度プランツの目を見た時、俺はすとんと諦めた。

「ぎんとき、食事にするか」

食事、と聞いて、プランツはこくんと頷いた。
諦めてしまったら今度は楽に膝が上がって、俺は伯父からもらったトリセツを読み込む作業に移った。
なんかこのミルクの温め方ややこしいな。ぎんときがあまり細かいタイプでないといいが。
途中で焦れたらしいぎんときがぐいぐいと裾を引いてくる。ちょ、のびるのびるのびるから。
とりあえず他のところは後で読むことにしよう。ぎんときに急かされて、俺は台所へ向かった。


俺の知らない世界を増やしていったお前と別れて。
お互いのいる世界しか知らなかった頃のお前とそっくりな人形を連れてきて暮らそうとしている。
こんな俺を見てお前はキモチワルがるだろうか。ぶざけんなと殴るだろうか。
そうだな。ぶっちゃけキモいな。

「・・・・・・・・・・銀時、」

今お前に無性に会いたいような、死んでも会いたくないような、不思議な気分でいるよ。












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