【パペット・ダンスside 銀時 2】


ミルクは人肌。洋服は清潔に。
店主が付けてくれたらしいトリセツと睨みあいながら午前中が過ぎた。ケータイも家電もトリセツとか見ないタイプなんだけど・・・こんなん流石にコエーじゃん。
台所でミルクを温めていると腹が減っているのか、じっと視線がついてくる。何だか子守りでもしてる気分になって、ガキつくった覚えもねーのに父親の重みを感じる。

・・・イヤ待て、そもそも何で俺こんなん買ってきちゃったの?

確かにカワイイよ。買わなきゃ枯れるだの何だの脅しに近いこともあったし、酔ってもいた。
でも手元に残ったのは目玉が飛び出るような額のローンで、自分の生活もかかっていればこそ、心苦しいながらも置いてくことだってできたし、今つき返しに行くことだってできる。
だのに今こうしてメシの準備なんてして、柄にもなくトリセツなんて読んでいる。

・・・え、育てんの?マジで育てるの?俺?

冷静になれ借金地獄の現実を見ろ、と諌める声とイヤどーよ無理でしょコレ返せないでしょコレ、と受け入れる声が半分ずつくらい。正直あのエグい売り方してくるチャイナの店主は殴りたい。あんなんされて素直に受け取っちゃって金払い続けるとか面白くないというレベルじゃない。

イヤでも・・・でもなー・・・あ、温度こんくらいでいいかな。


「オーイ、メシだぞー」

呼んで始めて名前をつけてないことに気がついた。そりゃそうだ。まだ返品迷ってんだから。
オマケでつけてもらったまた高そーなティーカップを小さな手で受け取って、人形はカタカタと危なげにカップを揺らしながら机に向かった。ハトリのイッキュッパで買ったやっすいちゃぶ台にオシャレなティーカップが見事に合わない。

「火傷すんなよー・・・アレ?火傷ってすんの?」

「火傷すんな」か「火傷すんの?」かどちらへの答えかよくわからないが、人形は俺の呼びかけに一度大きく頷いた。そしてぺろり、と唇をなめると、カップを両手で支えてミルクを飲んだ。
温度は大丈夫だったらしい。一口飲むと顔を上げて、俺を見てにっこりと微笑んだ。

「・・・・・」

その時、ゴーッと何かが俺の頭ン中を駆け抜けていった。
改めて言うけど、この人形、クリーム色の肌は柔らかくてもっちもち、瞳はくりっくりの漆黒で、髪も効果音がつきそうなくらいサラッサラ。ほっぺも血色のいいほんのりバラ色で、唇なんてなんかホラ、桜貝みたいな色してる。カップを持つ手は小さくて、唇とおんなじ色をしたちいちゃな爪が行儀よく並んでいる。そんなのが俺を見て聖母のように微笑んでいる。
つまり何てーの。アレだホラ、

めっっっっちゃくちゃカワイイじゃねーかァァアアア!!

イヤ違うからね俺そーゆーシュミないからね、無いけども!

「・・・名前どうしような」

どうやらさっき駆け抜けてったのは諌める声を攫っていった音らしい。
もうこの時点で「返品」の二文字は俺の辞書から消えた。


***


「どーすっかなァ・・・」

『赤ちゃんの命名サイト』とか色々回ってみた。んだけども、いまひとつピンとくるものがなくて投げた。何しろ人形に「おっ、コレどーよ、コッチのがいいか?」と訪ねても、少し困ったようににこにこするだけなので埒が明かない。まァ子供にテメーの名前決めろってのも何なんだけども。
どさっとベッドに倒れこむと、人形がベッドに上がってきて、布団をひっぱった。
俺が寝るのだと思ったのか。布団をかけようとしているらしい。こーゆー動作はどこで覚えてくるモンなんだろう。「職人」とやらがある程度は躾てんの?

「あー・・・いいから」

寝るんじゃねーよ。
そう言ってひらひらと手を振るのに、人形は俺に布団をかけたがった。
ナニ、何か言いたいの。顔だけ人形に向けると、人形は眉を寄せて唇をとがらせて、ひざ立ちで俺を見下ろしていた。
・・・その口からは当然、「銀時、風邪をひくぞ」と零れるもんだと思った。が、唇はきゅっと結ばれたまま、人形はふるふると小さく首を振るだけだった。

『銀時、風邪をひくぞ』

昔っから俺が寝転がると、そう言ってどこかしらから掛ける物を持ってきた。布団からタオルから、暖かいだろうといってでかいぬいぐるみに潰されたこともある。もう癖になってしまったのか、お互い大きくなってからもなんかずっとそんなんだった。
結局すれ違って別れた、恋人だった幼馴染。綺麗な髪をした人形は、幼い日のアイツにひどく似ている。
いまいち名前を決めかねるのも、この顔を別の名前で呼ぶ気がしないからだ。
かといって同じ名前を付けるのも・・・、
俺が難しい顔をして人形を見つめていると、不意に人形は顔をそらして、ベッドを降りた。そんでどっかへ駆けていくと、よりにもよって玄関マットを得意げな顔して持ってきて、俺の肩にもう久しく洗った覚えのないマットをぐいぐいと押し付けた。砂とホコリが服についてむせそうになる。つーか臭ェ。
昔洗面所のマットで同じことされたことを思い出す。鼻の奥がツンとして、一瞬で目元がぼやけた。

「・・・・・・・小太郎・・・」

普段呼んでいたようには呼べなかった。さすがにそれはとどまった。
それでもそのせいで「ヅラじゃない、桂だ」と怒る顔を思い出して、もう一度鼻の奥がツンとした。
こっ恥ずかしくて滅多に呼んだ憶えのない名前で呼ぶのに、ぶわっと得体の知れないものが押し寄せる。


人形はもうわかっていた、というように、見かけに似合わない穏やかな微笑みで俺を見た。















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