リーン・・・
『はい桂です』
「よう、出前始める気になったかィ」
『・・・本日の営業は終了致しました。ピーという発信音の後に、電話線をハサミで切ってください』
「ふざけんじゃねェや」


【キャンバスの空はまだ白い】


次の電話はその日の晩にかけた。もしかしたら出ないかも、という予感も杞憂に終わり、耳元でいつもは遠くで聞く声がした。

『何だ童。蕎麦が食いたいならまだ屋台が空いているぞ』
「別に蕎麦はそれほどでもねーや。アンタに用があるんで」
『蕎麦屋の主人にか?見当もつかんが』
「風呂が空くまで暇でねィ。話相手になってくだせェよ」
『そんなんでこんな時間まで起きてないでさっさと寝なさい!もォ〜』
「なんでオカン口調なんでぇ。風呂がまだだっつったろィ」

屯所の部屋の中で桂の声を聞くというのはどうにも落ち着かない。何やら秘密を抱え込んでしまったような気分で、もし今近藤さんや土方さんが来たら、と思うと何故かしら鼓動が早まる。
別に後ろめたいということもないのだけれど、何故だか。
しかも情報収集のためなのだから何か聞き出さなければ、と思うのに、うまい切り口が見つからない。
緊張する、言葉を探す、という、何だか珍しい体験をしている。

「・・・蕎麦が好きなんで?」
『うむ。今の時期は燗つけた後の締めにするのがいいな。あっ子供はいかんぞ』

挙句出てきた言葉がコレだ。情けねェ。
蕎麦屋設定ならそりゃ蕎麦嫌いだとは言わないだろう。
しかし桂は「設定」でなくとも蕎麦が好きらしい。あの店の蕎麦が旨いだの、蕎麦湯が薄いのは許せんだのと一人でひとしきり喋っていた。とりあえず、話に出てきた店名はメモった。メモったがほぼ江戸中に散らばっているようで、ここから行動範囲は特定できそうにない。

「蕎麦二人前ってこたァ旦那二人暮らしですかィ」
『うん?ああ昼のか。・・・ウチは人気の蕎麦屋だからな。今日のぶんはあれで最後だったんだ』
「そりゃ商売繁盛でめでてーや。そういやさっきも通話中だったか。得意先ですかィ」

チッ。やっぱ今の誘導はヘタだったか。

『さっきもかけてきてたのか。ストーカーか貴様童のくせに』
「ソレについちゃァ悪い見本が近くにいるもんで。あとその童ってのやめてくだせェ」
『童だろう。子ども扱いはしてもらえるうちにされておけ』
「アンタにされたかねーや」

一時間くらい前に一度かけた。ら、通話中だった。
攘夷浪士間での連絡が家デンというのも何となく想像しがたいものがあるが、コイツらならやりかねない。やっぱり一度住所を辿っておいて、盗聴器でも仕掛けたほうがいいだろうか。
尤も全く私用の会話かもしれないが。私用。桂のプライベートな交友関係なんて殆ど知ったこっちゃないが、ふと以前一度攘夷派との関与を疑われた万事屋の旦那が頭をよぎる。
たぶんあそこはシロだ。が、桂とは私的な関係がある、とは既にこちらの共通認識だ。
プライベートの友人。万事屋の旦那と桂はどんな会話をするのだろう。
想像したら何故だか何となく面白くない気がしてすぐやめた。やっぱり盗聴器却下。聞きたかねェやそんなモン。

『さて、もうそろそろ先客も出たろうよ。ちゃっちゃとお風呂入っちゃいなさい』
「イヤ・・・長風呂なんで。もうちょっと」
「オイ総悟、あと風呂オメーだけなんだからさっさと入っちまえ」

空気読め土方コノヤロー。

『ほら、風呂が空いたぞ。ハツカレに電話する女子中学生でもあるまい』
「チッ、地獄耳してやがる。・・・しょーがねェ、今日はここらへんにしといてやらァ」

突然開いた障子に思わずビビった。その端からからかうように、笑いをかみ殺した桂の声がする。
それがまるで出来の悪い生徒を見守る教師のような声だったので面白くない。
しかもこんな時間に電話する充てがあるのかと、意外そうな土方さんの目が無遠慮に通り過ぎたので、こっちは次会い次第斬ってやろうと決意した。

『もうかけてくるなよ』
「毎晩かけてやりまさァ」

売り言葉に買い言葉。電話の先は見えないが、たぶん今桂はしょうのない奴だ、というような顔をしている。あの無駄に整った無表情が苦笑するのを想像して、ちょっとスッとした。

「じゃっ、おやすみなせェ。
・・・あァ、そーいやあ最近テロリストがウロウロして何かと物騒なんで気をつけてくだせーよ」
『そうか。こうも警察が役に立たんというのも市民として考えものだなぁ。
では、おやすみ』

チンッ

(なーにが「市民」だアノヤロー)

警察と追いかけっこかまして逃げ回る一般市民がいるなら見てみたい。思わず通話が切れた後受話器を叩きつけた。さっきちょっとだけスッとしたのも一気におじゃんだ。
結局桂が蕎麦好きで地獄耳ってことしか分からなかったじゃねーか。
初日はこんなもんなんだろうか。まあそういうことにしておこう。

妙に耳に残る柔らかな『おやすみ』をかき消すように、ドスドスと殊更音を立てて風呂場に向かった。







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