ガキの頃、コイツとどんな話してたかとか実はあんまり憶えてない。
ちょっとデカくなってからも、コイツの説教割とスルーしてた。

再会してからの言葉は、一言さえ忘れられていない。


【どうか月まで】



『はい、桂です』
「あー、ヅラ?俺俺」
『ヅラじゃない桂だ。貴様どこのオレオレ詐欺だ』
「いーじゃんわかってんだから・・・「坂田ですけどー」とかいっそ違和感の塊じゃねーか」

ぎしっ、と草臥れた社長イスが背中の向こうで鳴く。
手にしたビールの缶は既にぬるくて、二本目は冷蔵庫に入れときゃ良かったと頭の隅で後悔した。
テレビのノイズが目に眩しくて、消す。

『どうした銀時、こんな時間に』
「あ?あー・・・イヤ別に用はねーけど」
『む、まさか貴様呑んできたのか。こんな雨の夜に』

外ではしとしとと雨が降っていて、眠りについた窓の向こうはぞっとするほど暗い。
蛍光灯に照らされた室内はいやにしらじらとして、外とはぽっかりと切り離されたようだった。
静かに振る雨に押入れの中の少女のイビキも時計の音も吸い込まれていくようで、電話の先の男の声だけが妙に生々しく耳に流れ込んでくる。

「缶ビール二、三本で呑んだのなんのもあるめーよ」

視線の先では銀色の森に黄金色の湖が揺れていて、湖面にはぽかりと月が映る。
缶ビールの中に映りこんだ蛍光灯も、こんな雨の夜には良い見立てだと思っていた。
何の用だと言われたら、別に用事もないけれど、敢えて言うならうすら寒い雨の夜にビールを開けたら
(月がキレーだったから、)
告白ひとつはぬるいビールにすっかり溶かして、缶の中の月ばかりを腹の奥に流し込んだ。

「ヅラァ」
『ヅラじゃない桂だ。何だ』
「何か話して」
『うん?そうだな・・・ではこの国の行く末と今攘夷活動がいかな意義を持つかを』
「あイヤそーゆーのはイイわ。あー・・・今オメー何してんの?」
『うむ、最近は専ら情報収集に走っているな。あとは資金集めのバイトと・・・そういえばこの間呼び込みのバイトで長谷川さんと一緒になってな、その時・・・」
「へー」

背をぐっと椅子に預けるとまたぎしっと音がした。
冷えた素足を両方とも机の上に投げ出して、受話器と耳の間に入り込んでくる髪を時々除ける。
口が渇けば手に暖められて更にぬるくなったビールで湿らせる。それ以外はずっと目を閉じていた。
遠くでひたりと雨粒の落ちる音がした。もう冷える時期なのか、腰のあたりが少し寒い。

『それからこの間エリザベスと新しい蕎麦屋に行ったのだが、蕎麦はいいのに何故か蕎麦湯が薄くてな・・・』
「うん」

桂の声を流し込んで、時々声が途切れると先をねだるように相槌を打った。
話の内容にいつものようにツッコむこともなく、ただただ桂の話したいようにさせた。
手元ではまだ、蛍光灯の月が揺れている。

『まだ大きく動く時期でもないからな、最近は志士たちのトレーニングがてら真選組の屯所に嫌がらせしに行くんだが、こないだヤツらの厠のトイレットペーパーを全て逆にだな・・・』
「へー」

声ばかりが聞こえる。目を閉じていればなおさら、声の主は色んな桂の姿を纏って瞼の裏に現れた。
耳元で聞こえる桂の声は子供の頃のものだったり、張り詰めた戦時中の声だったり、あるいはまだ知らないジジイのしゃがれた声だったりしている。
姿の見えない声ひとつ。それで思い出すことや思い描くことが人の一生に及ぶほど、もうこの声を聞いてきた。受話器の先がいまだけでなく、昔やその先の桂にさえ繋がっているような気がして、何故だか泣き出したいような気持ちで桂の声を追っている。
身を捩った時に足が当たって空き缶が転げた。その音にさえ気づかずに。

『そうだ銀時、またレンタルビデオ一緒に借りに行ってくれ。パリー・ホッターの最終章が今度映画でやるだろう、前までのやつ観ておこうかと思ってな』
「あーウン」

本当は相槌で自分の声を挿むのさえ惜しい。
桂の声は高く低く、顔より余程表情豊かに投げかけられる。
銀時、と俺を呼ぶ桂の声がいつまでも好きだ。
昔も今もその先も、桂がその声を自分に投げかける。こうして余計なことを言わずに桂の声だけ聞いていたら都合よくそんな夢想ができる気がして、
縋るように目を閉じて、相槌ひとつで夢のよすがをねだった。






『銀時、さっきから俺が喋ってばかりだ』
「いーんだよソレで」
『何の用だったんだ?あっそうか寂しかったのか?ん?』
「ウルセーよ。別に用も何もねーって言ってんだろーが」






















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