「伯父さん。ご無沙汰しています」
「小太郎、久しぶりですね。元気にしていましたか」

俺を認めてにこりと微笑う伯父の手には幼子の腕が握られていた。
傍から見たらとんでもないホラーだが、あれは人形の腕だと知っている。
伯父は人形職人だった―――生きた人形、「プランツ・ドール」の。


【パペット・ダンスside.桂】


ところ狭しと並ぶパーツや美しい少女たち。
伯父・吉田松陽はプランツ界にその人ありと知られた「名人」の称号を持つプランツ職人――らしい。
らしい、というのは、昔初めてここへ来たときビビって以来訪れることがなかったからである。
伯父はよく遊んでくれたが、彼の仕事ぶりを知ることはついぞ無かった。

「そうですか、小太郎も就職・・・。早いですねぇ」
「すみません、結局在学中ご挨拶もせず」
「いえいえ、元気そうで何よりですよ。銀時や晋助も変わりありませんか」
「はい。相変わらず」

昔から近所でつるんでいた俺たちを、共働きの両親よりも面倒を見てくれたのはこの伯父だった。
宿題などよく教えてもらったし、晋助なぞ俺よりもよく伯父に懐いていた。
今となっては懐かしい。
ぼんやり昔を思い出していると、不意にがたがたと音がした。
そういえばね、といって、伯父が写真を持ってきた音だった。
俺と銀時と晋助の写真。6歳くらいだろうか、銀時と晋助が取っ組み合って、俺は・・・俺は何でシャンプーハットを手に何か叫んでいるのだろう。

「こんな写真が出てきましてね」
「・・・・・・・俺が謎を呼ぶ一枚ですね」
「私はプランツドールといえば少女型しか作ってこなかったんですけどね、これを見たら懐かしくて。
最近君たちを模して少年型のプランツを作ってみたんですよ」
「えっ」
「ほらこれは銀時に、こちらは晋助に似ているでしょう」

そう言って伯父は写真の中の少年を連れてきた。
眠っている昔の銀時と、晋助。晋助の腕は・・・まだ製作中なのだろう。
何だかこう並ぶと、俺だけ大人になったような不思議な気分だ。というかこの違和感ハンパない。

「あの、もしかして俺も・・・?」
「ええ、つい先日お店に引き取られていきましたよ」

ちょっ、肖像権ンンン!!
頭の中をドナドナが駆け巡り、売られていった子供の俺が悲しげな瞳でこちらを見つめている。
伯父さん、作る前に一言あっても・・・。

「可愛い頃というのはホントにすぐ過ぎてしまいますねぇ・・・」

伯父の言葉に、俺はハッとした。
幼い頃。伯父さん伯父さん、松陽せんせい(宿題教えてくれるから)、と呼んで子犬のように懐いていた俺たち3人を、この伯父はそれは可愛がってくれたのだった。
しかし親ほど近くで見守れるでもなく、育つにつれ連絡もよこさなくなった子供たちを寂しく思っていたのだろうか。そういえば俺たちが中学校に上がったあたりから、たまに家に顔を出すくらいしかしなくなった。
思い返せば申し訳ないことをした・・・。
その不義理を思えば俺(たち)ソックリのプランツくらい何だ。銀時、晋助。お前たちも甘んじて受け入れるのだぞ。
まだ製作中だった晋助似のプランツを宜しく頼み、俺は伯父の工房を後にした。

ぽつ、ぽつん、

「しまった、降り出したか」

交差点で信号を待っていると重い空がついにぐずりだした。
パッと信号の色が変わって、ピヨピヨと電子音のヒヨコが鳴き始める。
本降りにならぬうちに帰らねば。俺は急いで足を

ぐいっ

突然、腰のあたりで服を掴まれた。
何か引っ掛けたかと思って振り返ると、銀髪の子供がセーターの端を引っ張って、赤い瞳で不機嫌そうにこちらを見ている。

「!!?」

驚いたのは子供の髪や瞳の色ではない。その顔が昔馴染に瓜二つだったからだ。
そうしてその顔には覚えがあった。セーターを掴む手は白くてふにふにと柔らかいが、これは人間の腕ではない。そう、「生きた」人形の―――

「伯父さん!!」
「おや小太郎。忘れ物ですか?」

小さな銀時を小脇に抱えて伯父のもとへダッシュで戻ると、伯父は工房の中でのんびりと茶なぞすすっていた。
そして俺の抱えたプランツを眼に留めると、あーやっぱりそこでしたか・・・と困ったように眉を寄せて苦笑した。

「この人形歩くんですか!?」
「歩きますよ。ミルクと砂糖菓子も食べます。一度目覚めてしまえばね」
「しかし・・・プランツが目覚めると確か、もう他の主人に懐かなくなるって・・・」
「ええ。その子はもうお店には出せませんねぇ・・・。小太郎、お前が育ててくれますか?」
「えっ・・・でもプランツってものすごーく高いんじゃ・・・」
「ものすごーく高いです。・・・でもまあ、可愛い甥の卒業祝いと思えばね」

お前が嫌ならメンテナンスし直してお店に出しますけどね。どうしますか?
伯父ににこりと微笑まれて、俺は腕に抱えたプランツを見下ろした。
ふてくされた表情で、別にどうでもいいし、みたいな顔をして。そのくせ赤銅色の瞳だけが少し不安げに揺れている。
懐かしいな。あれも素直な奴ではなかったから、始終こんな顔ばかり見てきた。
銀時ではないといえ、あれとこんなに似ているこれを、他人に売るのも忍びない。

「・・・・伯父さん、傘を二本借りていいですか」

連れて帰ります。
俺の言葉に伯父はにっこりと笑った。









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