就職も決まって、卒業間近の今ほど心置きなく呑める時なんてない。
だからさ・・・ちょっと呑みすぎたんだよ。よくあるハナシだろ?荒れた生活も今に始まったことじゃない。男子大学生の一人暮らしなんてそんなモン・・・

「うっ・・・げぇえっ・・・」

いや今日はさすがに呑みすぎたかなーなんて頭の片隅で学習しない反省文を並べ、年末の雑踏からふらふらと抜け出し店のショーウィンドーの前に蹲った。何だか上から視線を感じたがアレだろ、「やだぁ酔っ払いカッコ悪ーい」とか「いやぁ若いですなぁワタシも学生の時分は・・・」とかそーゆーのだろ、ほっといてくんない。
が、暫くしてもじーっと見られている気がしてならない。ナニ、なんか用。おまわりさんならさっさと交番連れてってお茶の一杯でも出してほしーんだけどなァ・・・
ゆるゆると顔をあげると、ちいさな黒い瞳と目が合った。
陶器みたいな白い肌に、さらさらと音のしそうな黒い髪。お人形みたいにキレーな子供の、ガラス球のような瞳が大きく見開かれてこっちを見ている。

「・・・・ヅラァ・・・」

ナニ、冬の寒空の下で倒れてたらお迎えきちゃうの?
オメー今天使みてぇだよ、昔のまんま・・・


【パペット・ダンスside 銀時 1】



「・・・・・あの、なんかスミマセンね」
「いえいえ、凍えておられなくて何よりでしたよ」

コポコポ・・・
ほどよく暖かい室内に紅茶の香りが広がった。
あの後、俺は倒れてたショーウィンドーの店の中に保護された。気がついたらさっきの天使が俺の頬をぺたぺたと興味深そうに触っていて、傍らでチャイナ服を着た上品そうな兄ちゃんがお茶を淹れていた。
いや確かにお茶の一杯でも出ないかなーとは言ったけどさ・・・エッここ交番?

「・・・・あの、ここ何の店・・・」
「当店はプランツ・ドールの専門店でございます」
「あー・・・なんか聞いたことある、すっげー高ェ人形があるとか・・・」
「今お客様の傍におりますのは、最近取り扱い始めましたプランツでして」
「エッ人形!?」

いやだって動いてんじゃん!
ナニ、アンドロイドとかそーゆーアレ?うわー肌ももっちもち・・・いや人形じゃねーよコレ
てっきり店の子だと思ってた。懐かしい顔をした6歳くらいの男の子。

「観用少女(プランツ・ドール)は『生きた人形』と言われておりまして、ミルクと主人の愛情で生きるのでございます。言葉はよくいたしませんが、目覚めておれば笑ったり歩いたりはいたしますよ」
「そ、そー・・・なんか進んでんね・・・よくわかんねーわ」

よくわからんけど、「人形」だけど「生きて」んの?
兄ちゃんの話によると主食はミルクで、特別の砂糖菓子が「肥料」らしい。
基本的に植物的なナニやららしく、環境が合わないと「枯れる」らしい。
決まったもの以外を食わせると人間みたく「育って」しまう、らし・・・

・・・・・・・いや、コレどーゆービックリ生物?

しかも生意気に買い手は人形にほうが選ぶらしく、目を開けてニッコリしてくれないといくら金を積んでも買えないんだとか。それどこの花魁?

「そこのプランツは目覚めたばかりでございまして。長年プランツ・ドールは少女型だったのですが、最近少年型を作る職人から卸していただいたものでございます。プランツとしては一級品でございますよ。10年に一度・・・といったところでございましょうか、「名人」の称号を持つ職人が丹精込めて育て上げた逸品でございまして」

店主の話を聞きながら視線を下に落とすと、そのプランツが俺を見上げてニッコリした。
あれにソックリの懐かしい顔、ちょっと違うけど、記憶の中のものと似ている微笑み。いいね。この微笑みにいつも勝てなかった。あれはあんまり表情変わんないヤツだったから、こんな満面の微笑みなんて貴重で・・・・・満面の・・・・

「・・・・・・あのさァ、この「プランツ」って、ここの店の看板っコ的なヤツだよね?売りモンじゃないよね」
「いえ、ワタクシは自分のプランツを持ちませんので」
「・・・・・・・・あのさァ、「プランツ」って、買うヤツの前で「目覚めてニッコリする」って言ったよね」
「その通りでございます」
「・・・・・・・・このさァ、「プランツ」、「目覚めたばっか」って言ったよね」
「お客様をお見かけしたときでございますね」
「・・・・・・・・・・・あの、俺・・・」
「いるんですよねぇ・・・。私共は『波長が合う』と申しておりますが、無条件でプランツを目覚めさせてしまう方が」

やっぱ俺なの!?
いや俺そんなん言われても金ねーんだけど、つーか無条件で目覚めるってそんなん新手の押し売りじゃねーかァア!!
確かにかわいーんだけどさ、でもイイトシした男が男の子の人形買って「育てる」ってのもさァ・・・せめてねーちゃんならまだしもさァ・・・!それ以前に俺そーゆーシュミないしね!?

「イヤイヤイヤ・・・見てわかると思うけど、俺学生だし金ねーんだわ。悪いね。買えねーよ」
「そうでございますか・・・それは残念でございました」

アレ・・・意外とアッサリ引くな。まァビンボー学生相手に商売もあるめーよ。
とりあえず「目玉が飛び出る」とウワサのお値段見なくて良かった。俺がホッと息を吐いて紅茶をすすると、店主はおもむろにプランツを抱き上げ、切なそうな声音でプランツの一つに結わえた柔らかい髪を撫でた。

「それではこの子はメンテナンスに出すほかありませんねぇ・・・。いえね、一度目覚めたプランツは二度と他の方に見向きはいたしませんので、結局「枯れて」しまうのでございますよ。
メンテナンスに出せば出会う前の状態に戻りはいたしますが、この子がそれを選ぶかは・・・。
ワタクシとしてはメンテナンスに出て、今度は幸せになってほしいんですけれどもね」

すると大人しく店主に抱かれていたプランツが腕の中でむずがりだした。そしてずるっと腕の中から抜け出すと、『目覚める』まで座っていたらしい、華奢なつくりの椅子に行儀良く座り、静かに目を
・・・閉じた。

「エ・・・」
「・・・・・・まあ、当店はプランツの意思を重視する方針ですので」

アレッこれどういう流れ?
俺が買わねーと「枯れ」ちゃう的なそーゆーアレ?
何か背中にィヤな汗が伝って、俺はむっつりと目を閉じたままのプランツに声をかけた。

「イヤ・・・オメーメンテ出とけよ・・・。ホラアレだ、「運命のヒト!」なんて思ってもさァ、数年もすりゃ秋の空ってのが人間の世界のジョーシキなんだよ。まだ若いんだしよォ、いつかまたいい人現れるって。そしたらそん時ゃ」
「お客様」

失恋した女にするような慰め(?)をしていたら店主に遮られた。眉が不愉快そうに寄せられて、薄い眼鏡の下の糸目はそれこそ人形のように感情を映していない。

「プランツにとって、自分の選んだ主人に拒絶されることはそれだけで枯れるも同じでございます。あまり安易な慰めなどはいたしませんよう」


・・・・・・・・アレっ、コレそーゆー流れ?


気づいた時にはべらぼうな額のローンの明細票と、にこにこと微笑むプランツが俺の家にいました。
これさァ・・・やっぱけっこー悪徳商法のような気ィすんだけど・・・。






   
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -