江戸に新しい蕎麦屋が出来たらしい。
評判が良いらしいが巡回がてらふらりと寄るには遠いので、今日の昼はそこで出前でもとろうか、という話になった。
山崎に電話帳を調べさせたが、動向を窺ってたホシが動いたとかでマヨと一緒に出て行ったので、蕎麦なんてどこでも同じだろィ、と思ったけれど、仕方なく受話器を取ってやりました。

リーン・・・
『はい桂です』
「あっすいません出前頼みたいんですけどー」
『いやウチラーメン屋じゃないんで』
「蕎麦屋でラーメン頼むほど野暮じゃねェや。ザル3つ」
『・・・確かに今日の昼飯は蕎麦だが・・・生憎二人前しかなくてな』
「・・・あー、番号間違えやした」



【ボール紙の海を見た】



帰ってきた山崎をとりあえず殴り、改めて電話帳をひかせて出前をとらせた。
今度はマトモに店にかかり、手元に残ったのは先ほど山崎が間違えてメモった方の紙っきれ。

(『はい桂です』・・・ときちまった)

テロリストに暢気に電話回線引かれて警察のプライドを傷付けられればいいのか、むしろ今すぐ番号辿ってバズーカ片手に押しかけるべきなのか。ノートの端を破った紙きれを手の中で遊ばせながら、一仕事終えて談笑に興じる隊士たちをぼんやりと眺めた。

(・・・あの声桂だったしなァ)

桂は気づいただろうか。あの男も決して馬鹿ではないから、毎度自分を追いかけてくる筆頭の声くらい憶えていてもおかしくはない。気づかれているなら今更手遅れだろう。番号から住所を突き止めたところで既にもぬけの空である可能性は高い。
というよりも毎回逃げられているのだ。むしろそのくらい警戒されていないとナメられきっているようで胸糞悪い。

(・・・もう一度かけてみるかィ)

まさか出やしないだろうが。それとも今巡回に出たら家移り中の桂にでも会うだろうか。
桂がちゃぶ台背負って歩く姿を想像したら、少し笑えた。

リーン・・・
『はい桂です』
「・・・・・・・」

出やがった。
コイツ馬鹿なのか?それともやはりナメられきっているのだろうか。
テメーふざけんじゃねェやと怒鳴りたい気持ちをぐっとこらえて言葉を探す。

『・・・いたずら電話か』
「あー、いや違いまさァ。さっきはすいやせんでしたね、番号間違えて」
『ああさっきの童か。ちゃんと店にはかけられたか』
「ええまあ。・・・ソコは蕎麦屋じゃねェんで?」
『・・・・・・・・・・・・・・「蕎麦屋 カツーラ」だ』
「そーですかィ。じゃァ今度はそちらさんに出前お願いしまさァ」
『ウチは人気店でな。すぐ売り切れるから出前はやってないんだ』
「これを機に始めてみませんかィ」
『生憎手一杯だ。じゃっ、またのご利用をお待ちしております』
「そりゃ残念。そんじゃまたかけまさァ」
『だから出前はやらんと』
「気が変わるかもしれねーや。じゃっ、今日のとこはこれで」
チンッ


「・・・・胸糞悪ィ」

気づいている。気づかれた上で、ナメられている。

(このまま殺りに行っちまおうかィ)

あの飄々とした声に腹が立つ。そういえばこんなに近くで声を聞いたことは・・・あったか。お互いドライバーだったけど。
そういう時でもなければ距離さえ詰められない自分たちにもまた腹立たしい。
桂の声と気づいた時にすぐ番号を辿らなかったのは、単に腹の減っている昼休みにまで仕事をするのも面倒だったからだ。そして例え桂を追ったところでかわされると思ったからだ。そのくらいにはあの男に逃げられることに慣れている。この際ここいらで少し趣向を変えてみるのもいいだろうと思うほどには、勝ち目のない追いかけっこがマンネリ化していた。

(「またかけまさァ」)

今度かけても桂は出るだろうか。出るだろう。恐らく桂は自分たちを小うるさいショウジョウバエ程度にしか思っていない。

(・・・そのうち泣かせてやらァ)

あれでも攘夷党の党首だ。内部情報をそうそう聞きだせるとは思わない。が、大体の生活範囲なんかはある程度特定できるかもしれない。
折角繋がる手段を手にしたのだから利用しない手はない。それになんか面白そうだし。
近藤さんや土方さんに告げたほうがいいだろうか。けれど何だか「面白いオモチャを手に入れた」ような気持ちになって、もう少し自分のものにしておきたい気持ちがうずいている。たぶん家に踏み込んでも捕縛は叶わないのだから、情報収集したほうが有意義ということもあるだろう。
何となく言い訳がましくなっていることには気づかないふりをして、手元の紙きれを隊服のポケットにねじこんだ。


   


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