壱
高2の秋。秋とはいえ、まだ夏のように太陽は元気過ぎた。茹だるような暑さに、インドア派の私こと名字名前は、バス停で苦戦を強いていたのだ。
なんで、こんな日(しかも日曜日)に部長会議とかするの、手塚くん。真面目か。中学時代も生徒会長だったらしいけど、高校も見事生徒会長に就任。半ば成り行きで部長になった私とは、訳が違う。
あと少し、あと少しだ。そう言い聞かせてはや数分。バス停には屋根もない。日焼け止めは塗ってるけど、もうなんか、熱線を浴びているようだ。慌てて出てきたせいで、水筒も忘れた。自販機までは、数分。いや、しかし、バスが突然来ると間に合わない。
しかも、次逃したら、遅刻だ。手塚くん、静かに怒るのでまじ怖い。美術部の予算減らされかねない。怖すぎる。
「おい、大丈夫か」
「…え」
「顔色が悪いぞ」
「…あ、まあ」
もう少しでバスが…
と言いかけたところで記憶が無い。
気がついたら、病院にいた。すでに夕暮れ、点滴も終わったようだ。軽い熱中症ですねー、と朗らかに微笑む医者に見送られ、普通に帰された。
「ああ、これ。君を連れてきてくれた人の忘れ物」
「はあ、どうも」
「なんか、制服見て学校にも、わざわざ連絡入れてくれてたよ」
「え、」
どうやら、良い人に助けていただいたようだ。
「今どき、あんな若者もいるんだねー」
「え」
「会えたらお礼言っときなよ。しっかりしてたけど、君と同じ年齢とはねえ」
渡されたタオルには、<立海 真田 弦一郎>と太めの文字で書かれていた。
真田…くん、か。
立海と言えば、この間、手塚くんが熱く語っていたテニス強豪校に名前があったような。いや、まさかね。
スマホが震える。
お、手塚くんから、電話きた。やばし。部長会議出れんかった。お叱りの電話だろうか。
「名字、体調はどうだ」
「…ん?」
「メールを見てないのか」
「…はっ!あ、あのっ!部長会議行けなくてごめんなさい!」
「いや、その件は真田から連絡が来ている。副部長が来ているので、問題ない」
「あ、そう、なの」
え、メル友?知り合い?真田くんと。何たる幸運。お礼も早めに言いたいしね、うんうん。どうやら、連絡入れてくれてたのは本当らしい。有難し。
「会議の内容は、副部長に聞いてくれ」
「あ、ありがとう」
「体調は大丈夫なのか」
「あ、うん」
「そうか。油断せずに早めに寝ることだな。一応、確認をしたかっただけだ。また、明日」
「ちょ、ちょ、待って」
「なんだ、」
「真田くんと、知り合い…?」
「連絡先は知っているが」
「あ、そう…」
「どうした」
「いや、真田くんのタオルを預かってまして」
「そうか、来週末、試合があるから、その時に渡すと良いだろう」
「試合…?」
「真田は、テニス部だからな」
「あ、そうなんですかー」
「なぜ、敬語なんだ」
「いや、なんとなく」
「試合は、青春学園でやるから、ちょうど良いだろう。真田には、俺から話しておく」
「あ、そう?ありがとう」
「いや、礼には及ばない」
「じゃ、また学校で」
「ああ」
…連絡先は容易に教えないタイプらしい。まあ、手塚くんらしいと言えば、らしい。お礼ついでに、何か買った方が良いかな。まあ、最悪の場合、明日、手塚くんに聞けば分かるかな。