そして世界が呼吸をとめた 私の名前がコンクールから消えたのは、中2の夏休みだった。コンクール前日に倒れて、目が覚めてから言われたのは、「バイオリンを弾けなくなる」ということ。 免疫性の病気で、だんだんと手が動かなくなった、腕をあげるのにも一苦労するような身体になってしまうらしい。 絶望とは、如何様なものか、私は身をもって体感した。ライバルや友人達に何と言えば良いのか、分かっていても何も連絡など出来なかった。同情や哀れみの視線、そんなものを感じたくなかった。 そうして、わざわざ海外から移住して、日本に帰ってきた。私を知らない人たちの中で過ごす事は、心地良かった。逃げていると分かっていても、私はそれを止めなかった。否、怖くて止められなかったのだ。 (桐也、優勝したかな…) 良きライバルであり親友だった少年が思い浮かぶ。競い、時には二人でデュオの課題をこなした時もあった。懐かしい記憶は、自分を余計惨めにさせたけれど、彼と歩んだ思い出があったからこそ、バイオリンを弾くことを諦めたくないと強く感じることも出来た。 だが、病状は悪くなる一方で、僅かな希望にかけて手術をしてみたものの。残念ながら失敗に終わり、その際に発した高熱のせいで耳がやられて聞こえなくなる始末。 (私が生まれてきた意味って、何だっただろう) バイオリンを失い、何もこの手に残らなくなった私は死ぬことを考えたりもしたけど、結局は何となく、毎日を過ごすようになっていた。バイオリンにも、手術後以降、一度も触れていない。何もかもが、どうでも良くなって、他人に干渉されることも嫌になっていった。 音がない世界は、冷たくて、ふいに泣きたくなるほどに痛い。けれど、誰に自分の気持ちが伝わろうと、この痛みを共有することは出来ないのだと知ってから、両親にも心を閉ざすようになった。 自分がこの世で一番不幸だと思い込みたかった。そうして、悲劇のヒロインを演じて、周りを困らせることでしか、生きてる心地もしない。 笑うことも忘れて、ただ暮れゆく日だけを見送る日々が過ぎていく。 そんな時に、出会った。 私と同じ難病を患いながらも、花のように綺麗に微笑む少年と。 「そして世界が呼吸をとめた」 それは、恋だとか愛だとか生易しいものじゃなかったの。 back |