また、こいつかよ 私の仕事は外交官で、天人と接しなければいけない機会も多く、体力よりも気力を要する職場だった。 神経質な人間は、3日で悲鳴をあげるに違いない。何せ、天人は基本的に上から目線であるし、かなり勝手気ままであるからだ。上手く誘導していくのは容易い事ではないし、かと言って失敗すれば、首が飛ぶ事も珍しくないわけで、私の周りも精神的にまいって辞めていった。 大江戸大学を卒業するときに、今の就職先になったのだが、既に同年代に同じ大学の人間はいない。給料も良く、江戸の官僚クラスにも会える、エリートな集団ではあるから、皆必死になって高倍率を潜り抜けるも、長続きしないのが現状。社会は、そうそう甘くない。 私も漸くお見合いから解放され、仕事一筋に戻り、また気を張ったり、抜いたりのメリハリのついた生活に戻った。お見合いなど、余計に気を使うだけで、最初こそ結婚に夢見ていたが、最後の方は丸投げ同然だった。運もないが、ある意味、当然の報いだとも今は思う。 「名字」 「はい」 「あんたに指名」 「そう…。またですか?」 「やっぱ、女はモテるねー。少ないしさ。ちょっと顔よくて、聞き分けよければ」 皮肉をいう上司に、ため息をつきたくなった。私たちの仕事は、接客と同じだ。 機転の良さなども問われるが、まずは天人とのコミュニケーション能力が第1とされる。また、天人に気に入られれば、向こうから指名が入り、仕事も増える。そういう世界だ。そこで、女というのは、人数が少ないせいもあり、かなりの武器になる。 「男に生まれてきて、損でしたね。それで、どなた?」 「神威だったかな」 「聞いたことない名前ですね」 「いや、通訳してほしいんだって。神威さんが」 「…ああ、そういうこと」 「一歩間違えれば、死ぬらしい仕事してるみたいでさ。一番胆が据わってる通訳の人、紹介してって、言われたんだよ」 「…は?神威さんって、何の仕事?」 「夜兎らしいね。いや、これまた裏の仕事だからさー。あんまり詳しく教えてくれなかったんだよね」 と言いながら、上司は薄っぺらいメモを渡してきた。日時と場所。仕事の内容には、まるで触れていない。あからさまに、裏の仕事かつやばい仕事だという雰囲気を醸し出している。 因みに、私はこれでも国家公務員みたいなものだが、既に腐敗した幕府の管轄ゆえに、幕府直々に裏の仕事が入ったりする。エリートだとか、そんなブランド染みたものは表向きなものでしかない。 ただ、夜兎と関わるのは、初めてだ。彼らは戦闘能力に優れており、危険であると聞いてはいるが、実際に会ったことはない。過去に一度、海坊主の通訳として立ち会った先輩も今は、此処を辞めている。 待ち合わせは1週間後、某旅館。天人と密会でもするんだろうか。天人特有の言語というものがあって、私たちはそれを数ヶ国語マスターしていなければ試験をパス出来ない。だから、通訳に駆り出される事が仕事と言っても過言ではない。 しかし、うだうだ考えていても、時間は過ぎるばかり。1週間なんて、あっという間だった。よほどヤバい仕事なのか。前日には送別会もどきの飲み会が開かれた。 「…神威さんですか」 「あ、名前?」 「はい」 旅館についてから部屋を案内してもらい、襖越しに声をかけたら、いきなり呼び捨てで呼ばれてびっくりした。 「入って」 「…失礼します」 夜兎という存在であるから、もっと堅い人かと思っていたが、神威さんはずっとニコニコしていて、それはそれとして異常な感じがした。やばい人には違いないだろう。 部屋も至ってシンプルで、余計なものは一切広げていない。要は、いつでも逃げられる状況ということだ。 「この手紙、アンタ読めるだろ?」 「…あ、はい」 神威さんに話しかけられて、手紙を受け取る。天人の言語では、割りと難しい部類の言語だ。勿論、私は読めるが、神威さんはこれを解読してほしいとのこと。なるほど、A4用紙が五枚とはなかなかの量で、いくら電子辞書があるとはいえ、大変な作業に違いない。 私は、すらすらとその場で訳を始めた。どうやら、果たし合いか何からしい。かなり、相手はキレているようでヤバい感じがした。しかし、それを読み終わってから、「なんだ。そんなこと」と神威さんは呆れながら笑っていた。自分の命が狙われているのに、やけに飄々としている。それは恐らく、誰に襲われても勝つ自信があるからなんだろうと直感した。 「なんか大した内容じゃなかったね」 「そうですか」 「それ、捨てちゃって良いよ」 「はあ、はい」 「せっかくだし、なんか頼むか。夕飯食べてく?」 「え?いえ、それより仕事は」 「今ので終わり。夜兎だからって、あっちは勝手に色々言ってたけど」 なんだよ、それ。私は一気に脱力した。神威さんは、未だニコニコしたま室内に設けられた電話で夕飯を一人分追加していた。 (夜兎の人って、皆こんな感じなのかな…) 自由奔放で読めない人。でも私は悪い気はしなかった。話もしてみたりもしたが、裏の情勢に詳しい分、なかなか楽しかった。 もう、そろそろ夕食がくる頃だろうか。そう思った時、いきなり、神威さんがぐいと腕を引いてきて、私はその中に収まった。 (抱き締められてる…?) そう考えた矢先、凄まじい爆音が階下から聞こえて、私たちにも爆風が幾らか吹いた。神威さんは、助けてくれたらしい。夜兎は情がなく、人助けもっての外だと聞いたこともあったので神威さんの行動に驚いた。 「あの―」 「真選組だ!神妙にし、…失礼しました!」 ありがとうございました、と言おうとした時に、襖が乱暴に開かれて真選組が現れた。とはいえ、何を勘違いしたのか、抱き締められてる私と神威さんを見て、すぐに出ていったけれど。 「バカ山崎!なんで閉めんだよ!」 「え、あ、いや。だって…!」 「そんなんだから、お前は彼女できねーんだよ!」 「ちょ…、お前声でかい」 「皆、知ってますよー」 「マジで!ていうか、あの人たち部外者ですよ」 「事情聴取しなきゃいけねいだろぃ」 「何持ち出してんの!それバズーカ!」 「強行突破だぜぃ!」 何やら、面倒なことになっていると思っていたら、どうやら本当に襖越しにバズーカを放ったらしい。噂には聞いていたが、真選組が此処まで適当臭いとは…。私しかり、国家なんて腐りすぎてる。 「面倒くせーな」 バズーカが放たれて、神威さんが低い声でそう呟いたのが聞こえた。それから鮮やかな手さばきで弾を木っ端微塵に散らせて、私に振り返って見せた神威さんの顔は紛れもなく夜兎の顔だった。 「真選組だぜぃ!……って、お前かよ」 しかも、神威さんは真選組の人と知り合いらしい。ますます、面倒だなと考えてたら、真選組の人と目があった。 「…攘夷派とかじゃなくて、こいつと繋がりあったとはなァ」 「仕事です!」 「…はあ?」 「まあ、あとは頼むよ」 神威さんは、一人で窓から飛び出していなくなった。それも尋常じゃない早さで。 「アンタに事情聴取すんの、二回目だな」 目の前の少年はそう言って、ニヤリと笑った。 back |