彼女と悪魔と本当の力


朝か昼か夜かそれすらわからない薄暗い廊下。奥の暗闇から一定のリズムで響き渡る音。
やがて窓から光が落ちる明るいところに足のつま先が現れた。
白いロングブーツと言ってよいのかサンダルのように等間隔に素肌が見え、どちらかとうと足に巻きついていると言った方が正しいかもしれない。それは膝小僧が見える高さまであり、それからは素肌が覗いた。そこを通り過ぎると、少しふわっとした膨らみを持ったズボンが見えた。
やがて一気に明るみに出る。
金髪が光に晒され、光っては消え光っては消えというのを繰り返した。
きっととても軽いのだろう。歩くたびに、髪はふわふわと揺れた。
ベアトップを着ており、わざと丈を短くしているのかお腹のあたりが少し見える。
その上からは原色の少し違和感のあるパーカを羽織っていた。
しばらく歩くとリズムが止まる。
眼前に木製のがっちりとした扉があった。臆することなく、ドアノブに手をかける。



刹那、背中に戦慄が走る---




肩が一度大きく揺れ、ふるえ始める。背中を得体のしれない何かが這うような感覚に落ちる。
恐怖から来るものなのか武者震いなのか定かではないが、それでもぞくぞくぞくっとする感覚は変わらない。
だがここにいたとしても何も変わらない。
意を決し、ドアノブを回す。
何の変哲もない音がし、扉が開いた。
まず、目に入ったのは明るい照明。目が眩まないように視線を逸らす。
まるで外国映画に出てきそうなアンティーク調でソファーとテーブルが真ん中にあった。
「やあ、麗奈さん。」
向かいあうようにソファーには正装と言い張るふざけた格好をしたメフィストが座っていた。
(・・・気のせい?)
決して気のせいではないはずなのに、先程までの殺気は微塵も感じられない。
「そうそう、麗奈さんには新しい仲間を紹介しないといけません。」
メフィストは立ち上がると多少オーバーに紹介し始めた。
「我が弟、地の王、アマイモンです!」
ジャッジャーンという効果音と共に紙吹雪が舞う。
一人大騒ぎするメフィストに麗奈は言葉が出ない。
するとひょこっとソファーの影から顔が出てきた。
尖り頭で兄弟というだけありメフィストと顔がにている。
赤のストライプのシャツを着ており、その上に黒のジャケットを着ている。襟の部分にバンク系のスカルのピンズがたくさんついてあった。
「初めまして。アマイモンです。」

兄とは酷く正反対の落ち着いた声。
向こうを向いたソファーに座っていたアマイモンはようやく立ち上がり、こちらを向いた。
(・・・何だったのかしら、今のは?)
不思議に思いながらも、麗奈も挨拶する。
「初めまして、三日月麗奈です。」
そうニッコリ笑って握手しようと手を出す。
----のではなく、一直線にアマイモンの鳩尾に入り込んだ。アマイモンは間一髪でかわすと素早く後ろへ跳躍する。
シュタという効果音つきで着地すると、すぐに前へ攻撃体勢で突撃する。
だが麗奈はすでに先程の場所にいない。アマイモンは首を左右に動かし、麗奈の姿を探す。
そこに空を切る音がし、アマイモンの首根に麗奈の剣が突きつけられた。
時間が止まったように両者のにらみ合いが続く。
(----思い出した、この感覚)
アマイモンの瞳に映る自分の姿を麗奈は見つめた。
(男子寮に入るため、フェレス卿の部屋を出て行く日。あの時感じた妙にいたたまれない感覚。)
麗奈のアマイモンを睨む目がさらにキツくなる。
(あのときからすでにアマイモンは学園にいたってわけね・・・)
剣の柄を持つ手に力が入る。
(気付けなかった)
かなり上級の悪魔が学園にいることまで明確に気付けなかったことが悔しかった。
パチ・・・・パチパチパチ
見計らったようにまばらな拍手が聞こえ、麗奈は視線だけむける。
「いやあ・・・お見事です、麗奈さん。」
少し離れたところでメフィストが拍手をしていた。顔は笑っているが、目は笑っていない。
その言葉を聞いて、麗奈は一度息を吐くと剣を下ろした。
軽い金属音がし、剣は鞘に収まる。
「・・・お見事と言われるようなことではないわ。」
アマイモンに興味がなくなったのか、麗奈はメフィストへと歩み寄る。
「いや、"お見事"ですよ。最初、麗奈さんはこの部屋に入ってきたとき、初めに剣へと目を向けました。」
「獲物は常に把握しておく。常識よ。只でさえ、任務以外、フェレス卿が私の剣を預かっていらっしゃるのですから。」
それを聞いたフェレス卿の眼光が怪しく光。
「その話ではありません。」
その言葉に麗奈はビクッと止まる。
「麗奈さん、あなたが本来の力ではなく習得した剣技の力を優先したことに対してです。」
言い切ったメフィスト。麗奈は無表情でメフィストを睨んだ。

「あなたの本来の力はとても素晴らしいものでした。それはどの称号にも当てはまらない。だがその力はあなた自身を蝕む。私は麗奈さんの体、心配ですからね。」
ふふっと軽くメフィストは笑った。
「・・・・・・・・・・」
麗奈は黙ったままだった。
不意に首元に冷たい感触が走る。麗奈は目だけ動かした。
アマイモンがいつの間にか麗奈の背後に立ち、首元に爪を突き立てていた。
「形勢逆転です。」
どこか嬉しそうにアマイモンが言う。多分麗奈が剣を抜くより早く爪が襲うだろう。
メフィストはその様子を麗奈の目の前でニタニタしながら見ていた。
その時だった。周囲の気温が下がり、もう夜明けは過ぎているのに薄暗い。風が唸る音が室内にいてもわかる。
ただらなぬ雰囲気を感じたのか、アマイモンのつばを飲み込んだ。本能が危険を告げる。



無言の麗奈から、何かが発っせられた。



慌ててアマイモンは麗奈から離れる。
ビュンビュンと風を切る音がして、何かはアマイモンの横を通り過ぎた。
何かは壁にぶつかる音がすると、自然消滅したのかそれ以上何も起きなかった。
それからは何もなかったかのように気温も明るさも元通りになった。
しかし、
「・・・・・・・・」
アマイモンの背後、何かが壁にぶつかったところに大きな窪みが出来ていた。
プシュッ
まるで缶ジュースのプルタブを開けた瞬間みたいなの音がすると、アマイモンの右頬が切れ、血か出る。
「あは」
どこか楽しそうに、アマイモンは笑った。
「あはははははははは」
続けざまに笑う。
静まり返った室内に響くアマイモンの声はとても場にそぐわなくおかしなものだった。
「大変気に入りました。」
ぴたと笑い声がやみ、アマイモンは麗奈を真っ直ぐ見つめて言う。
まだ血が吹き出る頬に手をあて、アマイモンは分析を始めた。
「なるほど、麗奈の力は空間移動のようなものなんですね・・・いや、次元移動と言った方が正しいんでしょうか?」
「・・・・・・」
「力は無形で何か膜のようなものでまとめている・・・例えるならボール。膜に触れ、中の力が発動したとき、中の力が触れている範囲に移動命令がかかる・・・・」
一呼吸。
「それもゲヘナに」
アマイモンが話すのを止めるとまた静寂が訪れる。
先程からだんまりを決め込んでいる麗奈に変わり、先に口を開いたのはメフィストだった。
「やはりゲヘナか・・・」

「といいますと?」
アマイモンが聞き返す。
「確かにお前の言うとおり、麗奈の力はそこにあるものをゲヘナに移動させる能力。」
メフィストはアマイモンの方を見ながら告げる。
「だが、麗奈がその力で移動させたものが必ずしもゲヘナにいっているわけではない。」
「消滅するということですか?」
「私も何度か試しに麗奈が力を発動した悪魔がゲヘナにいるか確認してもらったが、ゲヘナにいなかった。それも一度じゃ、二度じゃない。しかし、確かに大半はゲヘナに移動しているのは確かだ。
----つまり、麗奈の力に何らかの条件が加わったとき、その力に触れたら消滅する----という仮定を私は立てている。」
そう言いつつ先程から一言も話さない麗奈をメフィストは見つめる。
「成程・・・」
アマイモンもそう答えつつ、麗奈を見つめる。
「麗奈は自分の力についてわかりますか?」
ぶつけられた問いに麗奈は黙って首を横に振った。
「わからないわ。ゲヘナに通じているというのもフェレス卿から聞くまで知らなかったし。私はこれが対悪魔に有効的な手段であるのと体に負担がくることくらいね。」
「負担ですか?そういえば先程兄上も体が心配だとか言っていた気がしますが、何かあるのです?」
アマイモンが尋ねると麗奈は一度メフィストを見る。信用していいかまだ迷っているようだ。メフィストは黙って頷くと麗奈も頷き返し、話し出す。
「貧血になるの。」
その台詞にアマイモンは納得した顔を見せる。
「媒体として麗奈の血が使われているなら話が通じますね。」
「そう思うか、お前も。」
メフィストは少し安心したように言う。
「・・・一番わからないのは兄上が麗奈を囲っているということでしょうか?」
喧嘩を売るアマイモン。だがその言葉に含まれるのは怒りでも悲しみでもない、単純に理解できないだけ。
緊迫した空気が流れる。


プルルルル・・・プルルルル・・・
音源はメフィストの携帯だった。メフィストはポケットからケータイを取り出すと二言、三言会話をし最後に「了解した。」と返事して通話を切った。
二人が見つめる中、メフィストは口を開く。
「南裏門で門番の使い魔が暴走。それを止めに奥村兄弟が向かったらしい。」
奥村兄弟に反応する麗奈。
それを少し面白くなさそうに見るアマイモン。
「さあ、見学会でもしましょうか?」



<続く>


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