彼女と夜空と早朝散歩


扉を開けると初夏だというのに冷たい風が音をたてて吹く。麗奈は思わず目をつむった。
(やっぱり朝はまだ冷える)
肌寒さに自分の服装を見てため息をついた。ベアトップのトップスと短パンである。任務は出来るだけ軽装というのが麗奈のモットーではあるが、今日だけは上着を羽織れば良かったと後悔した。
長い今から渡る屋外の渡り廊下を眺めた。
(あれ、誰かいる・・・?)
朝靄ではっきりとはわからないが人の気配かある。だが殺意を感じられない為麗奈は歩くことにした。
(一体誰?)
起床時間外に出歩くくらいだから警戒心だけは弱めない。
カツカツとわざとブーツを鳴らして歩く。


「あれ、三日月さん?」
不意に人影がこちらを振り向き、名前を呼んだ。
「・・・志摩くん?」
声の主に驚く。朝靄から覗いたのは祓魔師の同じ塾生だった。
「どうしてこんなところに?まだ起床時間じゃないよね?」
一気に警戒心を解くと麗奈は志摩に近づく。
志摩はTシャツとハーフパンツというラフな格好で麗奈に笑顔を見せる。
「気になる?」
からかうようなセリフに麗奈は志摩を見つめた。
「・・・少しだけ。」
自分の言った言葉に酷く負けた気がしたが、今聞いておかないと何か大変なトラブルがある気がした。
志摩はキョトンと麗奈を見ると軽く笑った。
「散歩しよったんです。散歩。何か不良なことでもしよると思いました?」
さらに負けを感じながらも、麗奈は安心した。
「俺、この時間に寮を抜け出して散歩するの好きなんです。目が覚めるし、気持ちいい。」
そう言うと、橋の欄干に寄りかかる。
朝のまだ強い風が志摩の髪をかきあげた。
麗奈も無言で隣で寄りかかる。
まだ空も明けない夜の支配が辛うじて残る空。東西で空の模様が違う。
橋から見る街並みはまだ街灯がついているが、活動を始める人もちらほら見える。
(学園都市か・・・)


志摩は無言で隣にいる麗奈を横目で盗みみた。
くっきりした顔立ちにブロンドの髪がふわりふわりと風に揺られて動く。
(柔らかそう・・・)
自然と手が伸びる。
麗奈の髪を触った手の感触はねこを撫でてる気分だった。
(気持ちいい)
そのまま2、3回なで続ける。
とそこで麗奈がこちらを見ていることに気づく。
「どうかした?」
声が少し上擦っていた。だが頬は染まってない。
「綺麗な髪色やなって。あといい匂い。」

一房の髪を掬うと志摩は顔を落とした。
だが麗奈はそれ以上動じない。
「外人さんですもんね。どこの出身でしたっけ?」
手を離せばはらりと金髪が宵の闇で光る。
「ヴァチカン市国だよ。」
「あぁ。祓魔師の本部があるんでしたっけ。」
志摩は納得したように麗奈をみた。
「三日月さんが、強いのはそこで鍛えたからなんですか?」
あながち間違ったことは言ってない。むしら核心に近い。
「周りにはたくさん祓魔師がいたからね、色んなタイプは見てきたつもり。」
曖昧な答えをする麗奈だが、志摩はそれ以上つっこまなかった。
「志摩くんは何を目指しているの?」
「俺ですか?俺はアリアをめざしてるんです。」
不意に質問するが、白みがかる空を見ながら志摩は答えた。
「アリア?」
「坊と子猫丸も目指してるんです。」
「へぇ。」
「坊なんかテイマーまで取るって言い張って。」
友達のことをうれしそうな言う。
「それに坊はサタンを倒す野望があるみたいですし。」
思わず笑う志摩に麗奈も笑ってしまう。
「燐と一緒だね。」
コロコロと玉を転がすような笑い方に志摩は見とれてしまう。
「私のお父さんもアリアだったの。」
急に麗奈はそう告げる。
「そうなん?この前の戦い方を見て、てっきり家族にナイトがいるのかと思った。」
「ナイトはお母さんだった。」
懐かしそうに話す麗奈に志摩はナイトの母親というのが想像つかなかった。

「どっちもね、わりと有名な祓魔師なの。」
口調からは自分の両親を誇りに思っている様子が伺える。
「お父さんは独自の詠唱を持っていたみたいなの。その詠唱を唱えればどんな悪魔だってやっつけてたみたいだけど。永遠の鎮魂歌っていう名前もあったみたい。」
「永遠の鎮魂歌・・・」
聞き慣れない言葉をたどる志摩。
「いつもは聖職者で任務があるときに祓魔師をやってたみたいだよ。」
「なんかそういうのかっこいいなー。いつか三日月さんのご両親に会ってみたいわあ。」
その言葉に麗奈は少し驚いた顔をし、伏し目がちに言った。
「・・・ありがとう。」
その一言があまりに切なく聞こえ、志摩は何も言えなくなる。
「志摩くんもなれるといいね、アリアに。」
麗奈の優しい言葉が志摩の耳に甘くとろけるように入ってくる。
「ありがとう」
ぽんと志摩が頭に手をおくと、麗奈は恥ずかしそうに笑った。

そのとき遠くで鐘が鳴る音が聞こえる。
「あれ、もうこんな時間や。」
志摩が音の方へ顔をあげる。
「何の時間?」
麗奈もそれにつられた。
「起床時間。」
「志摩くん、それ急いだほうがいいよ。」
あくまで冷静に麗奈はツッコミをいれる。
「せやね。」
志摩はそう言うと麗奈に背中を向けた。
「三日月さん。」
「何?」
唐突な呼びかけに麗奈も止まる。
「今度から俺のこと、廉造でいいから。」
肩越しに笑顔で言われる。
いきなりのことに麗奈は面食らい、言葉を失う。
「・・・わかった。長いから廉にする。」
だが至極大真面目に返し、志摩は思わず笑ってしまった。
(仲良くなった印のつもりだったのに、なんだか予想以上だ。)
自分の心臓に蜂蜜をたらしたような、甘い気持ちが広がる。
「ありがと。だから麗奈さんのこと下の名前で呼んでいい?」
志摩は麗奈をまっすぐ見つめて言った。
「うん、--いいよ。」
それを聞いて安心した志摩だが何かを思い出し、麗奈に近付いた。
「寒いやろ。」
ふわっと麗奈に自分の着ていたパーカをかけた。半袖Tシャツが寒そうに見える。
「わっ、悪いよ!」
突然の行動に麗奈は慌ててパーカを脱ごうとする、しかし志摩はパーカの前を寄せると、耳元で囁く。
「俺以外の人にそんな格好みせたらアカンよ。」
いたずらした時に内緒ねと言う感覚に近かった。
「・・・・う、うん。」
志摩はその言葉を聞いて満足げに一度頷くと背中を向けた。
「じゃ、行きますわ」
軽く手をあげ寮の方手へ志摩は歩き出した。
麗奈は姿が見えなくなるまで手をふると、
「いっちゃった」
とまだ呆然とした様子だったがようやく我に帰る。
--俺以外の人にそんな格好みせたらアカンよ--
蘇る志摩の言葉。
「・・・プッ」
思わず吹き出してしまう。
「面白い」
その顔はどこか楽しそうで麗奈はパーカに袖を通すと理事長室に向かった。


日が出始めるがまだパーカはてばなせなかった。被服温度が暖かく、風も通さなかった。
(鍵なら便利なんだろうけど)
麗奈はぎゅっと前を手繰り寄せた。
(こうして歩くのも気持ちいい。)
もうすぐ長い渡り廊下が終わるというところに人影があった。

フード付きのパーカをすっぽり被り、男子の学生ズボンをはいていた。腕組みをして壁に寄りかかっている。すでにこちらの存在には気づいているみたいだが何もアクションは起こさない。
麗奈も特に変わった様子を見せずに近づくと声をかける。
「おはよう、山田さん。」
名前と呼ばれ、山田はじっと麗奈を見つめた。
「・・・いくのか、メフィストのところ。」
「山田さん、フェレス卿よ。呼び捨てなんかしたらいけない。」
「その言葉麗奈らしいな・・・」
山田はふっと笑った。
つられて麗奈の顔も綻ぶ。
「任務が入ったからね。行くわ。」
行こうとした麗奈。
ぎゅっ
そのとき腕を掴まれる。
「・・・・・・行くな。」
山田の声がワントーン低くなる。
「無理なお願いね。」
きっぱりとしかしどこか未練を残しながら麗奈は山田から目を離す。
「麗奈は任務のしすぎだ。体がもたないぞ。」
つい語尾が強くなる。目深に被ったフードの下の表情が今ならわかる気がした。
一度深呼吸し麗奈は止まると今度は山田の方に向き直る。
突き刺さる視線を向けると山田も思わず腕を掴んでいた手を離す。
「もうすぐ夏休みね。」
日の出も過ぎ、青い空が広がる中、麗奈は突拍子なことを言う。
「一学期が終わるわ。」
麗奈はうつむきながら呟く。
「入学してかは早4ヶ月かあ・・・」
少し遠くを見て麗奈は言った。
その言葉に山田は何か引っかかったらしく顔をしかめる。
「・・・何が言いたい。」
「そのままよ。」
深く息をつき麗奈はさらに続ける。
「私が今更祓魔師になろうと思う。わざわざ学生生活が送りたいがためにここまで来ると思う。」
切なく揺れる麗奈の瞳。
「上はしびれをきらしている。あなたがあまりに遅いから。だから、私が派遣された。わかる?悪魔を監視するのが祓魔師であれば祓魔師をを監視するのは祓魔師でない私の仕事よね。」
一気にまくしたてる麗奈。
「処分も頭にいれておいた方がいいかもしれないわね。」
クスッと笑う麗奈。山田はただじっと見つめるだけで何も言わない。
「じゃあ、お勤め頑張って」
口端をニヤリとさせながら麗奈は渡り廊下を渡りきると理事長室へと向かう。
ギリ--
山田は麗奈が去った方向に仁王立ちをすると奥歯を噛み締め、右拳を強く握りしめた。直後、鉄拳が壁にめり込む。ガラガラと壁が少し崩れ落ちた。
山田の雰囲気は何か意を決したように見えた。






<続く>


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