彼女に銃口を向けた日


彼女は敵だ。
信じてはいけない。


「おまえ、どこの部屋に住むつもりなんだよ。」
半ば強引にあがる麗奈を身ながら、燐は尋ねる。
「まだ決めてないけどあるでしょ?」
「まあ腐るほど部屋はあるけどね。」
雪男は呆れた様子だった。
「よく許可してくれたもんだ。フェレス卿が。」
「出てきた。」
少しメフィストのことを見直したように雪男が言うと麗奈はさらっと返す。
「「・・・・は・・?」」
燐と雪男の声が被った。
「私も燐の監視、ね?」
笑顔で言われれば、2人とも何も言えない。
「まっ、昔みてーに一緒に住めるのは嬉しいけど。」
ポリポリと頭をかきながら燐は言い、麗奈を伺うように見た。
「もう大丈夫なのか?」
ほんの数時間前まで自分の胸の中で泣いていた麗奈の顔はそんな面影など見えない。
「うん。もう心配ないよ。大丈夫。」
先ほどの突き放したときの顔とは違う、ふっきれた様子だった。
いい雰囲気の2人を雪男はどこか離れたところからみている気分だった。


「風呂は私最後でいいよ。」
合宿のとき小テストをした部屋で3人が向かい合わせに座っていた。
「光熱費もかかるだろうから、風呂もけっこう大きいし、私1人のために女湯使うのはもったいないし。」
そこで家族会議的なものが開催されていた。
「俺は別に先に入ってもらって構わねーよ」
燐が言うと、麗奈がでもと反論する。
「いや、でも僕も遅くなること多いから、先に入ってくれた方がいいかもしれない。」
その反論を遮るように雪男も言う。
「ありがと。すごく嬉しいんだけど私こそ不規則な任務でいつ入れるかわからないから。」
「・・・・・・・。」
それを言われると雪男は何もいえなくなる。
「じゃあ、僕たちが先に入るよ。」
雪男が言うと麗奈も頷く。
「うん、そうしてくれると助かる。」
2人の中で話が進む中、燐はえ?え?みたいな状態に陥る。
「俺だけ除け者。」
そのあとのことも大抵雪男と麗奈だけで決まっていった。


大体部屋の片付けが終わり、麗奈は伸びをする。意外と時間がかかり日が変わろうとしている。
(なんか修道院みたいで・・・懐かしいな)
木造のせいか、修道院を思い出す。たった二年しかいなかったのに麗奈にとってはそれだけ大きな思い出だった。
(燐とゆっきーとも一緒だし)
それが一番嬉しいのかもしれない。
ふと、止まる。
こちらに来て、燐と雪男に会い、明らかに今までクールに過ごしていたのに、それが崩れてる。
(・・・馬鹿だな、私。最後に泣くのは私なのに)
ふうと天井を仰ぐ。
(・・・外の空気でも吸おうかな)
麗奈はゆっくり立ち上がりながら音を立てないよう静かに部屋を出た。


屋上の扉を開けると、夜空に散らばる星の美しさに麗奈は一瞬言葉を失った。
「キレイ・・・」
ポツリと呟いた言葉が闇に吸い込まれる。
一歩、また一歩と歩くたび、夜の冷たい風が麗奈をすり抜ける。そのたびに麗奈は自分の体が火照っているのを感じた。
(なんか自分じゃないみたい・・・)
今までは、何かを見てもあまり感じなかった。どうしてあの人たちはあんなに表情を変えるのかが不思議なくらいだった。
でも、なぜだろう。
今は自分にこんな感情があったことに気づく。
もっと話していたい・・・
もっと一緒にいたい・・・
日本に来て、燐と雪男に逢い、麗奈の中で大きくなる感情。
それが自分にとって負荷になるはずのものなのに、手放したくない。
「変なの」
夜空を見上げ呟く。そこに答えがあるわけでもないのに、自分に何か語りかけてくる気がした。
「こんなところにいたんですか?」
突如1人のはずが話しかけられたしたため麗奈はあわてて振り向く。
「ゆっきー」
雪男に対する安心感。以前はこんな感情知らない。
「寝なくて大丈夫?もしかして起こした?」
「大丈夫。僕、もとの睡眠時間が短いから。」
良かったと一息つく麗奈。
「だから、麗奈さん。君を確かめにきた。」
チャキっと音がした。雪男は腰にあるホルスターから拳銃を取り出すと、銃口をまっすぐ麗奈に向けた。
「正直に答えて欲しい。麗奈さんは兄さんのことをどう思ってるの。」
だが、麗奈動じることなく銃口を見つめる。
「急に学園に来たり、祓魔師の勉強したり。」
ほんの少し、引き金を持つ指が動く。
「本当は兄さんを利用しに来ただけじゃないの。」
雪男の顔がゆがむ。麗奈は黙って目を伏せた。


単発音が夜の屋上に響く。
「危ないよ、ゆっきー。」
麗奈は雪男に語りかける。
闇に空薬莢が吸い込まれた。
「今のは威嚇。次は外さない。」
冷たい瞳をする雪男。そこに映るは昔の麗奈ではない。燐という兄の命を脅かす存在だ。
雪男の脳裏にはっきりと麗奈の声が響く。
「私、あなたを利用する。」

たった数時間前に彼女が言った言葉は燐には受け入れられた。だが、隠れて聞いていた雪男には受け入れられなかった。
「麗奈さんはフェレス卿ともつながりがある。ある意味ネイガウス先生より信じられない。」
淡々と告げられる雪男の言葉に麗奈は黙って耳を傾けた。
「君は一体何者なんだ。」


「三日月麗奈よ、ゆっきー。」
顔を上げ、ゆっくり瞼を開けると、自分に向いている銃口を麗奈は握った。
雪男の顔が驚きに変わるのがわかる。まだ銃身は熱を帯びているはずだ。
それでも麗奈は切なそうに雪男を見て銃身を掴んだままだった。
「あなたが怒る気持ちもわかる。だから私は言い訳しない。」
雪男をまっすぐ見つめたまま麗奈は続ける。
「私の両親を呪いから解放するには、燐がどうしても必要になる。」
未だに離さない麗奈に雪男は内心恐怖した。
「でも私は燐を傷つけるやり方は絶対しない。燐は私が守る!」
麗奈は声を荒げたあとでしまったという表情を見せた。
「それを聞いて安心した。」
すっと雪男は銃をおろして、麗奈の手を優しく包み込んだ。


「正直、麗奈さんは僕らより断然強い。なのに祓魔師ではない。だから怖かった。」
赤ちゃんを触るような手つきで雪男は麗奈の手を優しく開く。
「ごめん・・・」
「・・・ううん」
そこには銃身を触ったせいで少し赤くなった手があった。雪男は慣れた手つきで軽い治療を始めた。
「祓魔師にならなかったのは必要性を感じなかったから。いちいち認定試験を受けないと強くなれない祓魔師より独学のが早いと思ったの。」
雪男の大きな手が麗奈の小さな手を包帯で巻き始める。
「だけどね、燐が必要なことに気づいて、しかも燐が祓魔師になるってフェレス卿に聞いて。」
そこで麗奈は一瞬黙った。
「続きは・・・?」
包帯を巻き終えた雪男が麗奈を見る。
「笑わない?」
「・・・笑わないよ。」
というか今のどこに笑い要素があるか不思議だが。
「学園生活が送ってみたかった・・・それだけ。」
少し麗奈の顔が赤らんでいたのに雪男は見とれた。




「ぷっ。」
雪男が吹き出すと一時静かになる。
(ヤバかったかな・・・)
反応がないことに機嫌を損ねたかと心配する雪男。麗奈はワナワナと肩をふるわせている。
「笑わないって言ったじゃないー!」

顔から火が出そうなほど@@麗奈は真っ赤にさせ、ポカスカと雪男をたたく。
「いや、ごめん、かわいくて、つい。」
(こんな表情をするんだ・・・)
小さな頃、彼女は本当にいつも冷たい表情をしていた。だけど今では・・・
「言い訳になってないー!」
こんなに豊かに表情を変えれる。
(これも兄さんのせい・・・)
それが少し雪男には悔しく感じた。


「やっぱりゆっきーは、昔から上手だね。」
包帯を巻いてもらった手を見ながら麗奈は言った。
「それとも医工騎士だからかな。」
「お膳立てしても何も出ないよ。」
「なーんだ。つまんない。」
そう言いながらも麗奈は嬉しそうに笑う。雪男もくすくすと笑った。
「ちょっと見せて。」
雪男はそういって麗奈に手を出させる。麗奈は素直に手を差し出した。
次の瞬間、雪男は麗奈の手を握りしめ、自分の方に抱き寄せる。
「疑ってごめん。本当は兄さんとの話、聞いてたんだ。でも僕には・・・」
「うん、あなたはその方がいい。人間不信になれとは言わないけど、信用出来ない人間がいるのもまた確かなことだから。」
妙に心地よい雪男の胸の中で麗奈は言った。
「ありがと、麗奈。」
心臓が跳ね上がる音がした。今までと違う、雪男が自分を呼ぶ声がすごく甘いものを食べたような気分になる。
上目で雪男を盗み見れば彼もまた顔を少し赤らめていた。
(お膳立てしてみるものね・・・)
クスッと麗奈は心の中で笑った。


「にしても、ゆっきーいつからこんな大胆になったの?」
麗奈が尋ねる。
まず自分の胸の中で子犬のように見つめてくる麗奈を見て、自分の腕が何をしているかを見て、雪男はバババッと顔を赤くした。
「ご、ごめん。」
バッと手を放し、雪男は謝る。
「ふふっ。謝る必要なんかないのに。」
麗奈は本当におかしかったらしく、くすくすと笑い続けた。


----朝が来る。
(嫌な朝だわ。)
カーテンから差し込む月明かりに照らされる麗奈はケータイを見た。
今し方届いたメフィストからのメールに麗奈は気分が落ち込む。
まだ太陽が出る少し前。
「呼び出しか。」
パチンッとケータイを閉めると麗奈はベッドを出た。
不規則な毎日。
日々重なる任務。
「お休み。」
そんな中、昨日の別れ際雪男が言った一言が思い出される。
「今日も、頑張りますかー。」
カーテンの隙間からは太陽の光が差し込み始めていた。



<続く>


back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -