彼女と雪男と思い出話


「ここからは一人しか無理みてぇだな」
行き先をじっと見据えた神父さんが言った。いや、今はパラディンというべきか。
「雪男、お前行ってみるか」
ちょっとお使い頼まれてくれねーかみたいな軽い口調で言うものだから迷いもなく返事した。
「はっ、はい!・・・ってええええ!」
「さすが俺の息子! 大丈夫だ、悪魔はそんなに出ないと思うから。」
バンッと背中を景気良く叩かれたら行くしかなかった。


「確かに出てこないけど・・・」
今回の任務は薬草採りだった。薬草の生息地付近に悪魔がよく出没するため、最近では祓魔師が採りに行く。
これより先は一人しか確かに歩けそうにない。というわけで必然的に神父さんと僕しかしないため、僕が行くことになった。
実はこの任務、正規のものではなく、いつも世話になってる用品店の主人からお願いされてのものだった。
本来なら騎士団を通じるはずなのだが、お願いする方もお願いされる側もめんどくさいの一言で騎士団を通さず受諾することとなった。
「雪男は真面目だなあ」
僕が非公式任務を目の当たりにしたときの顔が変だったのか、神父さんは腹を抱えて笑いながら僕の頭を撫でた。
そんなこんなでやるせない気持ちを抱えていたところに一人で行ってきてくれと頼まれたものだから余計に頭の中が回らない。今のところ悪魔が出ないことが幸いで、もし出てきても正しく対処できるか不安だった。


「雪男の奴、大丈夫かな?」
その頃、お使いを頼んだ藤本神父は別れた場所で一人焚き火をしていた。
「いやまー、あいつなら問題ないか。」
史上最年少で祓魔師になったんだ。大丈夫に決まっている。親の自分が言うのもなんだが才能がある。
そこで一人の人間を思い出した。
「いや、あいつは祓魔師じゃないもんな。あくまで。」
元気にやってるかなー。とこぼしながら空を見上げた。


(結局、何にもなさそうだな)
思っていたより危険が少なく僕は安堵した。あんまり遅いと兄さん心配するし。
(今日は何を作ってくれるんだろう)
兄さんは料理がとても上手だ。ただし今日は補習だったから晩ご飯の担当は兄さんじゃないかもしれない。
なんか楽しみをひとつ取られた気分だった。
「危ない!」
突然聞こえた危険信号に僕は思わず身をかがめる。すぐに風を切る音と真後ろに何かが降り立つ音がし、僕が振り返る前に、ドンっという衝撃が背中を走った。
間髪入れず刃物と刃物がこ擦れ合う音が耳をつんざく。
一瞬恐怖して動けなくなるがすぐに立ち上がり、距離をおいて振り返った。
「君、大丈夫!?」
--揺れる金髪
--あまり高くない背
--スカートから伸びる細い足
そこにいたのは見たことない悪魔と華奢な女の子が一人刀で戦っていた。
一際大きな刃物がこすれる音がし女の子は悪魔と距離を取ると警戒しながら僕の方をみた。
「君のことだって言ってるの!無事?」
お互い顔を見合わせた瞬間--



「「あああああああーーー」」



二人とも大口開けて叫び、多少なりとも相手の顔を見て驚いている。
「って感動にひたっている場合じゃなかった。」
女の子はすぐに目の前の敵に集中する。
刀身の細い剣を自身の前に縦で構え、下の柄の部分にもう片方の手を軽く添える。
目の前の悪魔はすでに態勢を整え今にも襲いかかろとしていた。
「"我、在天の力を借りん。汝、此に答えよ"」
すすすっと添えていた手で刀身を撫でると、全体的にぼうっと黄色く光る。
「"雷弓"」
悪魔が先に動く。女の子は少し遅れて頭上高くジャンプし刀身を下に向け、全重力とともに悪魔へと突きつけた。
「ぐべぇぼおぁ」
悲痛な叫び声が森を駆けめぐる。
「さあ、どうしてあなたはあそこにいたの?」
柔和な笑みを浮かべながら刀を抜き、女の子は悪魔へと語りかける。
「・・・なんて悪魔語なんてわからないのよね」
少し残念そうに消えていく悪魔を眺めた。
辺りに静けさが残る、悪魔が残した跡以外--。


「大丈夫ー?」
終わるなり女の子は僕の方へかけよってくる。すとんと隣に腰をかけると少しだけいい匂いがした。
「久しぶりだね、えっと・・・麗奈ちゃん」
名前で呼ぶのが恥ずかしくて僕は少し目を逸らしながら頬を掻いた。
「本当に久しぶりだね、ゆっきー!」
すると久しぶりにあった麗奈は本当に懐かしい名前を出してきて、僕はこけてしまった。
「あれ、どっかやっぱり痛む?」
「いや、そうじゃなくてね」
先日も用品店の娘さんにも言われたが僕の名前はどうしてこんなにあだ名がつくんだろうと首を傾げた。
「おうおう、帰ってきたかと思ったら懐かしい顔だな」
神父さんと別れた場所にくると神父さんは焚き火をしながら焼き芋をつついていた。
「・・・何してるの?」
「お久しぶりでございます。お神父様(おとうさま)。」
少しあきれる僕の横で麗奈は恭しく頭を下げる。
「麗奈、ここは堅苦しくしなくていい場所なんだ。」
神父さんは焼き芋を一つ取り出して、麗奈に差し出す。
「お前のために焼いておいた。お帰り、麗奈。つらかったろ。」
その言葉に麗奈はふっと微笑んだ。


「私の父母は青い夜の生き残りなの。」
麗奈は静かに語り出した。
自分が生まれてすぐ青い夜にあい、祓魔師だった父母はサタンにやられたが一命を取り留めた。
しかしサタンに呪いをかけられ二人は現在も植物状態のまま。
「初めて父母にあったとき、すごく嬉しかった。ずっといないと思っていたから。だけどすごくショックだった。動かなかったから。」
サタンの目的はアッシャーでの器。もしかすると父母はそのための布石かもしれない。そう考えるようになり、麗奈は決意を固める、齢たった4才で。
それからたまたま仕事で来ていた藤本神父とそこで出逢い、修行した。1年と経たないうちに祓魔師としての働きは申し分なかった。
しかし祓魔師にはならなかった。
翌年5才に一人で藤本を訪ね、そこで2年過ごし、麗奈は思わぬことを知ることとなる。
「それが、燐がサタンの息子だったってこと。」
小さい頃からすべてを捨てサタンから呪いを解く方法を調べていた麗奈だが、藤本から聞いたその言葉は信じられなかった。
今そこで楽しそうにしてる燐を人質に取ればサタンから聞き出せるだろうか。安易だとはわかっていたがそのくらい麗奈にとっては衝撃的だったのだ。
だが一緒に過ごしてきた燐をどうすることもなく麗奈は別の道を探そうとヴァチカンに帰ったのである。
「あれから別の道をさがしてるんだけどね。今日はたまたま任務で来てたの。まっ、悪魔がゆっきーのところに落ちたのは予想外だったけど。」
もぐもぐと麗奈は焼き芋を食べながらはなす。
初めて聞いた麗奈の過去に雪男は畏怖がこみ上げる。
僕らが楽しく遊んでるとき麗奈はいつもどんな思いでいたのかと思うと怖かった。
「ねえ、ゆっきー、燐は元気にしてる?」「うん、元気にしてる。」
「そっかー、また三人で遊びたいね」
優しい顔だった。

「雪男、ちょっと水いれてきてくれないか。」
火を消すのに欲しいからな。と言いながら神父さんは僕に水筒を差し出す。
「う、うん。」
僕は下の川まで行くことにした。


「--さて、本題だけど」
麗奈は口火を切る。
「上の奴らも馬鹿じゃない。そろそろ感づき始めてる。それを利用して本部を乗っ取るんじゃないかって騒ぐ奴らもいるわ。」
「大体は予想ついてたけどなあ。あとどれくらいで動き出すんだ?」
麗奈も少し考えてから
「そーね、まあ誰かが動くとしてもなんらかの動きがないとねえ。まだ何かということすらつかめてないみたいだし。」
少し沈黙があり、
「2年ね。ざっと計算して動きだすのは。」
「2年か。」
藤本は空を見上げた。
「もう燐を追うのはやめたのか。」
「ううん。むしろ今からの方が活発かもしれない。でも、私は彼をサタンの思い通りにはさせないし、彼を殺したりもしない。だから安心して。」
「燐を"利用"する。俺も同じことだよ」
藤本は軽く笑った。
「あいつには会いにいかないのか?」
「今はまだそのときじゃないから」
「そうか」
そこに雪男が帰ってくる。
「でも久しぶりに顔だけ見てみようかしら。」
三人は修道院へと向かった。


「んだよ、」
ようやく補習から解放され、燐は町中を歩いていた。
「お帰り、兄さん。」
悪態をつきながら帰っていると雪男がいた。
「なんだ雪男じゃねーか。どうしたんだよ。」
「ちょっと夕飯の買い出しに。」
と持っていた買い物袋を見せる。
「今晩何にするんだよ。」


ある兄弟の様子を麗奈は屋根の上から見ていた。
「ごめんね、燐」
その頬には涙があった。


現在、16才。
燐は屋上へと目指す。
「でも、気をつけてね。彼女は兄さんを利用しようとしてるかもしれない。」
雪男に聞いた麗奈の過去。
そして自分を狙っているかもしれないということ。
少し重たい扉を開くとたしかにそこに彼女はいた。紛れもなくあの麗奈だ。
「おっ、おく」
動揺した様子で麗奈はたじろぐ。
「あっ、そうだった。さっきはパンをありがとう」
あははと笑いながら麗奈は礼を言う。一生懸命、間を持たせようと何か話そうとする。
「麗奈」
そう呼んだ瞬間、麗奈は衝撃を受け、黙った。


「−−リン」


その目には少し涙を浮かべて。


<続く>


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