彼女とパンの昼食戦争


一面雪に覆われていた。
空も木も建物も地面も白で埋め尽くされていた。
「おい、×××!」
その呼びかけに小さな女の子が振り向く。
「どこ行ってたんだよ。雪男も探してたぞ。」
だが小さな女の子はピクリとも反応しない。
だが俺は話しかけていた。
「クリスマスのつまんねー行事も終わったから、遊ぼーぜ。雪男も待ってんだ。帰るぞ。」
呆れながらそう言うと、小さな女の子の手を掴もうとして、いつもと様子が違うことに気づいた。
綺麗な青空みたいな瞳がやけに鋭く、吸い込まれそうで怖い。
「ごめんな、燐。×××は今日用事があるんだよ。」
そんな小さな女の子を父さんは後ろから両肩に手をかけ言った。
いつ現れたのかわからなかった。
そこで初めて自分が燐ということに気づき、同時に用事なら仕方ないと何も言えなくなった。
「冷えるから早く中に入りなさい、燐。・・・さあ、行こうか。」
父さんは小さな女の子とともに背中を向けると雪の中に消えていき見えなくなった。
わけのわからない感情に支配されながら、建物の中に戻る。
暖かさに手がじんじんして痛い。
「兄さん、良かった。どこに行ってたの。×××は見つかった?」
弟の雪男がすぐにかけつけ矢継ぎ早に言う。
「・・・・・・。」
「え? 何、兄さん聞こえない。」
首を傾げる雪男が嫌になってくる。
「いなかったよ。×××。」
「・・・え?」
雪男に何かいわれる前に、俺は走り出していた。
















「起きて、兄さん。」
その言葉に我に帰り、ばっとシーツを燐は剥がした。
「だ、大丈夫?」
「・・・雪男?」
自分のいるところがベッドでしかも隣には雪男。窓からは朝日が差し込み鳥達が元気に囀っている。
「・・・なんだ、夢か。」
「夢見てたんだ。どんな夢。」
ただ寝ぼけていたことに安心した雪男は話しかける。
(あれ・・・何を見てたんだっけ?)
「・・・忘れた。」
「まあ、夢だからね。」
雪男が苦笑いする。
「でも、なんだか懐かしい気がする。」
「父さんの夢でも見た?」
そう言われて、燐は一瞬止まり、自分の腕へと視線を落とす。
「・・・だったら、いいな。」
柔らかい1日になりそうな気がした。









「でね、これがにーちゃん!」
「にー!」
教室に入るとしえみが転校生に緑男を紹介していた。
「にーちゃん・・・。」
転校生は珍しいものを見るようにじーっと見ていた。

「あっ! おはよう。燐!」
しえみはこちらに気づくと元気よく声をかけてくる。転校生も振り向いた・・・だけだった。
「おはよう、しえみ。それと・・・三日月さんも。」
名前を呼ばれ、どきっと背筋を伸ばす転校生。
(緊張してんのか?)
「おはよう。」
けれど清涼な声で挨拶を返された。
(確かに誰も知らないところに一人は寂しいよな。俺だって雪男がいたし。その分、しえみはもう友達なんだから偉いよな。)
「今ね、麗奈ににーちゃんを紹介してたところなの。」
「紹介って、ちゃんと緑男ってこと言ってんのかよ。」
「!?」
(転校生のあの感じだと言ってなさそうだな)
「い、今から言おうと思ってたの!」
(しえみも明らかに怪しい。)
白い目で見るとしえみが「なっ、何?」と焦る。
「グリーンマンなの・・・?」
転校生が机の上で踊る緑男をじーっと見つめる。
「緑男知ってんのかよ?」
すると転校生が頷く。
「私が知ってるグリーンマンとは違う。」
「にーちゃんは緑男でも幼生なんだよね。」
しえみが「ねーっ」と緑男に話しかけると「にーっ」と返事をした。
「グリーンマンがいるってことはしえみが召還したの?」
まるでビックリ箱を開けたような顔をする転校生。
「うん!」
嬉しそうにしえみは返事をすると、
「すごいね、しえみ!」
と転校生は顔を輝かせた。
「そんなことないよ。」
えへへと照れるしえみに転校生はぶんぶんと首を横に振る。
「ううん、召還出来るってやっぱりしえみはすごい!」
力説する転校生と照れるしえみがしばらく続き、気づけば燐は空気と化していた。




















「何してんだ?」
昼休み、いくらセレブ学校といえど昼食戦争くらい存在する。
そして多分、それは食堂組みより購買組みの方が激しいはず。
そんな初歩的な知識、誰かに教えもらうまでもない。というか学生ならば自然に身に付け、身に合わない争いはしないはずだ。
(だから転校生はきっと箱入り娘なんだろうな)
本日の昼食戦争を勝ち取った燐は黒い人ごみを抜けたところで麗奈が一人端の方でぽつんと争いを眺めていたのを見つけた。
(ま、俺の知ったところじゃ・・・)
と背を向け帰ろうとし、もう一度振り向くとやっぱり麗奈は相変わらず眺めているだけだった。
「だあああ、くそ!」
燐はそうぼやくと麗奈の方へズンズンと歩く。
「そんなとこにいてもパンは買えねぇーぜ。」
ドンと効果音つきで燐は買った中の一つを麗奈に差し出した。
「え?」
咄嗟のことに反応が遅れるもパンを受け取る。
「あ、あの・・・コレ。」
@@麗奈は慌てて返そうとする。燐はそれを片手で制すと静かに首を横に振り、至極真面目な顔で言った。
「ここは戦場なんだ。あの中で勝てた者だけが昼食にありつける。ここはそういう場所なんだよ。」
「!?」
ピシィィィと麗奈の体に電撃が走る。
(そ、そうだったのか・・・)
麗奈は何かに打ちひしがれる。
そして次の瞬間、



「わりぃ、本当、俺が悪かった。俺が悪かったから、お願い。剣を持って突撃しようとしないで下さい!!」
どこから出したのか以前の剣を片手に人ごみへ突撃しようとしていたのを燐が必死に腰に抱きついて止めようとした。
「いや、でも、戦わないと」
至って真剣な眼差しで剣を構える麗奈。
「その戦うとは違うんだよ!」
燐の叫びが申し訳なさそうに廊下に響いた。


「・・・わかった。」
麗奈は少し考えて剣を降ろす。燐はひとまず収まったことにふうと息をついた。
ここはあくまで正十字学園であり、祓魔塾ではない。
きっと周りから見ても演劇部の練習とかくらいしかみられてないだろう。誰も麗奈の剣で切れ味が本当に切れるだなんて知らなくていいことだ。
「戦わなくていいなんて、平和なんだね」
一息ついた燐の横、麗奈が購買を見ながら言った一言が酷く寂しそうに見えた。
「・・・」
その言葉になんて返したらよいかわからない。そもそも返していい質問事項か燐にはわからなかった。


「ま、それ食って元気出すんだな」
一段落つき燐は背を向け歩き出す。
麗奈は何か言いたそうな顔をしてたがそれ以上燐に何も言わなかった。
燐が見えなくなり、麗奈はパンに目を落とす。
(そんなとこにいてもパンは買えねぇーぜ。か)
「相変わらず、優しいね」
麗奈は大事そうにパンをかかえると歩き出した。


(・・・なんなんだ、アイツ)
一つ減ったパンを見ながら燐は思う。
(悪魔やっつけたり、かと思ったら常識ねーし)
雪男が知ってるので聞けばいいのだが、昨日は生憎聞けなかった。
「何、してるの?」
うーんと一生懸命考える燐を後ろから雪男が白い目で見つめる。
「ご飯まだなの? 授業始まるよ」
兄の考えていることなんておかまないなしに雪男は言った。
「おい、雪男!」
ばっと立ち上がり、燐は雪男に詰め寄る。
「な、なんだよ。兄さん。」
いきなりのことに思わず雪男も「兄さん」と呼んでしまう。
「あの転校生、一体何者なんだよ。」
目が真剣な燐。雪男は口をつぐんでしまった。
「昨日の悪魔事件だって、あいつエクスワイヤなのか、本当に? ナイトなのか? おっぱいでかかったけど」
「いや胸は関係ないと思う。」
ほぼ反射的に突っ込む雪男。
「常識も知らねーみてーだし。」
「兄さんには言われたくないかも」
「喧嘩売ってるのか?」
「まさか」
雪男はメガネをクイとあげるとため息をついた。


「そりゃ、大きくなったからわからなくなるのもわかるんだけどとっくに気づいてるのかと思った。」
眼鏡の奥がキラリと光る。
「というか僕としてはもう忘れたのかという気分だけど」
「んなこといったってそんな奴しらねーぞ。」


「まだ修道院にいたころにいた麗奈ちゃん。そう言ったら、思い出す?」


目が笑ってない雪男。
燐はその言葉に言葉を詰まらせた。


「リーン!」
燐の脳裏に元気な声で自分の名前を呼ぶ一人の女の子が浮かぶ。
同時に始業の合図が鳴り響いた。











「もうこんな時間。」
麗奈は空を見て始業の合図に耳だけ傾けていた。
「授業でなきゃ。」
大事そうにパンを持ちながら・・・。


<続く>


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