彼女の肩書きは転校生


「あれ、雪男。今日いつもより早くね?」
早朝、ぴしっと襟をたてる弟に寝間着の燐が問いかける。
「ちょっとね。」
正十字学園の制服、それも教師のものを着た雪男は軽く流すと鞄を持つ。
「ふーん。」
燐としてもあまり興味がないのかそれ以上何も聞かず、雪男をみる。
自分と双子でありながら、教師である彼は燐にとって自慢の弟。
それ以上引き留めることなく、燐は見送る。
「兄さんも遅れないようにね。」
「ああ、いってらっしゃい。」
「いってきます。」
何気ない朝の風景。
ただ雪男の顔が心持ち緊張していたことを燐は知らない。






























身支度を整えた燐は教室へと向かう。
「おはよー、」
後ろから声をかけられ、振り向くとそこには勝呂たちがいた。
「なんだ、おはよう。」
「"なんだ"ってなんやねん。ホンマいちいち腹が立つやつやのう。」
「まあまあ、坊。」
勝呂竜士、志摩、子猫丸。三人とも塾に入る前から知り合いだったらしく、最初は燐とも衝突したが今ではすっかり仲良しだ。
「お前きちんと課題やってきたか?」
「ああ。」
心配する勝呂をよそに燐はまだ眠たいのか寝ぼけ眼だ。
(コイツ、こんなに人が心配しとんのに・・・)
だんだん怒りボルテージか上がってきたのか、勝呂の眉間に皺がより始める。
(あらあら・・・)
見かねた志摩は軽くため息をついた。
「そういえば、奥村くん。今日転校生来るみたいですよ。」
いつものやんわりとした口調で話しかける志摩。
「転校生・・・?」
珍しい話に食いついたのは燐だけではない。
「その話、俺初めて聞いた。」
「僕もです。」
勝呂についで子猫丸もだ。
「あれ、話してなかったですっけ?でも今から話すんでいいですよね?」
「転校生っつてもどうせ祓魔師じゃないんだろ?」
話してくれなかったことにため息をつきながらも、勝呂は興味なさげに聞く。
「いや、それが・・・」
志摩が話だそうとしたとき、










「危ないっ!!」








とっさの一言に身を屈める四人。
その頭上を何かが通る。
一番先に燐が顔をあげてそれが何かを確認して声を上げた。
「あっ悪魔!?」
「何やて!」
勝呂もすぐに顔をあげる。
たしかに彼らの前方には悪魔がいた。

それがどういう名前の悪魔かはよくわからないが多分学園で授業用に飼っていたのが脱走したのだろう、ジャラジャラと首から鎖がつながれていた。
「やばいんとちゃいますか。」
その言葉に燐と勝呂が駆け出そうとし志摩と子猫丸も急いで立ち上がり、応戦体制を取ろうとした。
「行くぞ!」
意を決して、飛び出そうとした瞬間。
彼らの横を一陣の風が過ぎ去った。
「「「「!?」」」」
唐突なことに反応出来ない4人。
過ぎ去った風は先程悪魔が通った道を追いかけている。しかも正十字学園の女子制服を着た人がだ。長いウェーブのかかった金色の髪が走るたびに揺れ、スカートがひらひらと舞い、ほっそりとした足が覗く。
「大丈夫?」
「雪男!」
見とれて声の出ない4人に、雪男は後ろから声をかけた。
「おまえなんでここにってか、アイツ大丈夫かよ!」
パニックになっている燐に雪男を笑顔を向けるだけ。
「大丈夫だよ。見ててごらん。今にわかる。」
「?」
理解出来ずに燐は首を傾げるが、前方を見つめる。
ちょうど先程の女子が悪魔に追いつき剣を鞘から出していたところだった。
「騎手・・・!」
勝呂がすばやく反応する。燐も騎手を目指すものとして余計に反応した。
(俺の剣より刀身が細い・・・)
燐の持つ日本刀のような形ではなく針のような西洋剣に近かった。


「神の御元に召せ!」


力強い言葉とともに振り下ろされた剣。
悪魔は一瞬のうちに消えた。
「・・・・・・」
言葉を失った燐。彼の肩に手をかけ雪男は優しく声をかける。
「だから、大丈夫っていったでしょう?」
雪男の顔はなんだか嬉しそうだった。
遠くで女子が剣を鞘にしまう音が聞こえた。




「何やったんや。」
勝呂は誰にともなくつぶやく。
その言葉に誰も明確な答えを出せない。
燐は悪魔が倒されたあとのことを思い出す。


「って、雪男!任務だったのかよ」
後ろでにこにこと笑う雪男に燐が突っ込む。
「だって兄さん、ついて来るでしょ?」
さも当然のように言われて、悔しいが言い返せない燐。
「先生、アイツは・・・」
志摩が前方の女子生徒のほうを向く。
こちらに向き直った女子生徒は呼吸一つ乱れておらず、戦い慣れしていることを語っていた。
「僕はこのあとの処理がありますので。皆さん、授業に遅れないように。」
雪男は志摩の質問には答えず一段とにっこりと微笑むと女子生徒のほうへと歩みよる。
二言三言交わしたかと思うと近くの扉に鍵を差し、扉の先へと姿を消した。


そして勝呂のセリフに至るわけである。
「祓魔師だよな・・・。」
「あれが転校生?」
「僕らと同級生にしては戦い慣れしている感じでしたけど。」
子猫丸が遠慮がちに答える。
「でも先輩やったら知ってるはずやろ。あれだけ強いなら。」
そして一同、頭から?がきえない。
「まっ、考えても仕方ないしな。」
「あとで雪男に聞けばいーや。」
四人が考えても無駄だと感じ始めた頃には授業開始時間が目の前に迫っていた。













「間に合ったー!」
大きな音を立てて、扉を開ける燐。
「間に合わんかと思った。」
ゼイゼイと呼吸をしながら勝呂も入る。あとに続く志摩や子猫丸もだった。
あれから全力疾走したためなんとか間に合ったようだ。
「あれだけ遅れないようにと言ったはずなんですが・・・」
と安心する四人に背後に雪男が立っていた。
ピシッと石のように固まる四人。
「まあ僕が来るまでには入っていたみたいなのでよしとします。」
その言葉に今度こそ四人は安堵した。
四人が席に着くのを確認すると雪男はホームルームを始める。今日の予定や課題について、授業が一部変更になったことなど伝えると帳簿を閉じた。
「さて、今日は皆さんに新しい仲間を紹介します。中に入って。」
そう言うと、ガラッと扉が開いた。




扉の前には先程の女子がいた。




四人は言葉を失う。
だが女子は周囲の視線など目もくれず、颯爽と教卓まで歩み寄ると、生徒のほうを向いた。

「今日からこの祓魔塾で一緒に勉強する三日月麗奈さんだ」
雪男は丁寧な字で黒板に名前を書くと、みんなに紹介する。
「仲良くね」
そう言うと、促すように雪男は女子を見た。
「よろしくお願いします。」
元気なわけもなく可愛げがあるわけでもなく普通に挨拶をする。
(転校生ってコイツ!?)
燐は驚きのあまり指をさして口を魚みたいにパクパクさせている。
「はいはい、奥村くん。人に指さすのは失礼だからやめましょうね。」
適当にあしらう雪男。
「え?燐、知り合い?」

燐の隣に座るしえみは燐と転校生を交互に見ながら嬉しそうに言う。
「席はたくさん空いてるから好きなところに座ってください。」
騒ぐ燐たちに呆れたのか雪男は麗奈に声をかける。
「ありがとうございます。」
麗奈が机の間を行こうとした瞬間、
「ちょっと待って下さい。」
後ろのほうで勝呂が声をあげる。
「どうかしましたか?」
雪男はちゃきっと眼鏡を持ち上げる。
「さっき一人で悪魔倒しましたよね?そいつ何者です?」
試すような視線を向ける勝呂。
「それ俺のセリフ!」
「緊張して言えんかったやん、おまえ。」
燐に冷めた視線を勝呂は向けた。
うっと言葉を詰まらせる燐。
「それについては・・・」



「ちょっと強いだけ。」



雪男が答えようとすると麗奈はそれだけ呟いた。
その言葉にクラス中が静まり返る。
麗奈は燐の後ろに座ると
「よろしく。」
と言って、黒板を見た。
「お、おう。よろしく。」
こうして奇妙な転校生が祓魔塾に仲間入りとなった。


<続く>


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