彼女と師と天使の歌声


「燐は私が守るの。」


もう一度ゆっくりと言う麗奈。
(違うだろ・・・)
ぎりっとシュラは奥歯を噛んだ。
(麗奈が助けたいのは両親のはずだろ・・・?)
ぎゅっと拳を握りしめる。
(どうしてサタンの子に気を取られている!?)
受け入れられない思いがシュラの心の中を渦巻く。
「どちらにしろ上には報告する。
その前にコイツを尋問したいから大監房を使わせてもらうぞ。」
感情を捩じ伏せるように言うシュラ。
「ご自由にどうぞ。」
対するメフィストは至って冷静だった。
「ククク・・・彼は結構笑えますよ。」
「・・・余裕だな。テメー」
むっかつくーと言いながら燐を抱え直す。
「あとで吠え面かかせてやる。あと麗奈にそんな格好させた理由もな。」
チラッと麗奈のほうを一瞥する。
そこで麗奈は「あ」と声を漏らした。
「私着替えるの忘れていた。」
今更ながら自分が花魁の格好をしたままだということに気付く。
「いいんじゃないですか?べつに。」
メフィストにそう言われ、妙に納得する麗奈だった。
「・・・!」
二人で呑気な会話をしている横で雪男は連れて行かれる兄に気付くく。
「シュラさん・・・待ってください。」
シュラの背中に話しかける。
「兄に何を聞いても無駄ですよ。
僕が代わりに説明します。」
「雪男。」
「変わったのは図体だけでそーゆー所は相変わらずだな〜?
不敵な笑みを浮かべるシュラ。
「お疲れ〜。」
去っていくシュラに雪男は何も出来ないまま見送る。
「では、私も戻るとしますか。」
メフィストは帽子を被りながら言った。
その言葉に雪男が固まる。
(まさか麗奈も連れていく気か!?)
思わず麗奈を見るとその視線は不安げにメフィストにむけられていた。
麗奈の視線に気づいたメフィストは一瞬黙っていたがすぐに口を開く。
「ああ、麗奈さんは今日はお疲れでしょうからあとはいいですよ。」
雪男は麗奈のホッとしたような表情を見逃さなかった。
「あとは若い人で盛り上がればいいなさい。」
その言葉に雪男は頬を朱に染めた。
「では私もハニーと・・・」

「椿先生にはこれから今日の報告書を夕方までに提出してくださいね」
椿の顔が水を被ったようにとまる。
「私達はこれで失礼する。麗奈も疲れているだろうから早く休みなさい。」
麗奈はこくんと頷いた。
「では、ごきげんよう。」
メフィストはそう言うと椿とその場を後にした。


「行っちゃったね。どうしようか。」
見えなくなった背中から雪男へと麗奈は視線を移す。
「兄さんが心配だけど・・・」
「・・・燐なら大丈夫よ。」
不安を払拭するような麗奈の声。
雪男は目をパチクリさせる。
「燐がシュラ姉さんの試練に負けるわけないって私信じてる。」
麗奈の瞳は一途で迷いなどなかった。
「・・・そうだね。」
二人は目が合うとフッと笑いあった。


「それで一応麗奈の先生として聞くけど、今日の合同練習をサボった理由は?」
とりあえず近くに腰掛けた二人。雪男が単刀直入に聞くとうぐっと麗奈が詰まる。
「き・・・京都に行ってました。」
「!?はっ! 京都!?」
(いや京都ならその花魁の格好も意味がわからないこともないけど)
一人動揺する雪男。
「お母さんのこと、調べに行ってきたの。」
ぽつりと小さな唇から漏れる声。
その言葉に雪男は目を細める。
「何かわかった?」
「うん。・・・」
だが、すぐに先程のメフィストの言葉を思い出す。

『愛してます。麗奈。』

「・・・フェレス卿と何かあった?」
止まる麗奈を心配して雪男が話かける。
麗奈は言おうか言うまいか迷いながら、雪男を見る。
(言ってもいい?)
言って何かが変わるわけでもないのにこの呪縛から解放されようともがく。
「実は、・・・

フェレス卿に告白


「もしかして、『戦場の姫騎士』ですか!?」


突然の黄色い声が麗奈の言葉を阻む。
見上げれば見ず知らずの祓魔師。
少し興奮気味が伺える。
雪男はムッとした表情で立ち上がろうとすると横目に麗奈の鮮やかな着物の柄が映り先に立ち上がるのがわかった。
「はい。『戦場の姫騎士』の三日月麗奈です。相手に名乗らせるなら先に名乗るべきではなくて?」
至極緩やかに、柔らかい口調で言う麗奈。最後にふわりと笑ってみせる。
声をかけた祓魔師はその笑顔に一瞬声が出なかった。だが隣に一緒にいた祓魔師に肘で突かれ我に返る。
「はっ! 申し遅れました!私、詫間迅と申します!階級は下一級です!」
えらく緊張した様子で敬礼までして言う詫間。
その様子をポカンとした様子で見ていた麗奈だが今度はクスクスと笑いはじめた。
「生意気なこといってごめんなさいね。そんなに気を使わなくて大丈夫ですよ。そもそも貴方達の方が年上でしょうに。」
その言葉に祓魔師は顔を見合わせた。
「・・・女性にこんなこと聞くのは失礼だけど今おいくつですか?」
「15です。今年16になりますけど。」
ニッコリと笑う麗奈。
(その年で・・・)
詫間は麗奈の上から下までもう一度見る。
長い髪をあげ、白い項が映える。大きくあいた胸元から見える肌はまるで陶磁器の美しい。帯で締められた腰は驚くほど細い。そしてなまめかしさがある。
(その色気は反則だ)
そんなことを思いながら、詫間は目を背ける。
「本当に突然にすみません。私は矢加部玉堂と申します。こいつと同じ下一級です。」
固まって動けない詫間に溜息をついて一緒にいた祓魔師、矢加部が口を開けた。
「今、任務の帰りだったんですがそしたら戦場の姫騎士がいるってこいつが騒ぐものですから。こいつ戦場の姫騎士に憧れて祓魔師になったんですよ。」
その言葉に雪男はぴくっとなった。
(憧れで祓魔師・・・か。あまり最良とはいえないな)
「そうなんですか、そういうことを言われると少し照れますね。」
麗奈はふふっとほほえむ。
「あっ、いや。本当は『天使の歌声』のときから好きなんですが。」
ようやく復活する詫間。その言葉に麗奈はびっくりした。
「その言葉久々に聞きました。なんだか自分でも懐かしいですね。」
「俺、聖十字に入って、初めて貴方の歌声聞いて凄い感動したんです。イタリア語だったから歌詞は全然意味わかんなかったけど、それでも忘れられないというか、すごく落ち着けて。それで高等部に入ってから『天使の歌声』が実は『戦場の姫騎士』として祓魔師で活躍していることを知って。それまで落ちこぼれだった俺だけどそれから貴方に遭いたい一心でここまでこれたんです。だから俺、嬉しくて・・・。」
「そうだったんですか・・・。」
麗奈はその話を聞いて自分を追い掛けて祓魔師を選んだわけではないことを知って少し安心する。
「『戦場の姫騎士』が詫間さんにとってプラスになる動きになってくれて嬉しいです。」
そう麗奈は言って何時もみたいに微笑んだ。


麗奈が音楽活動をしているのを知ったときは小学校後半だった。
神父さんが珍しくCDを持ってきたのだ。
デッキから流れる声がすごく懐かしく、涙しそうになったことは誰にも言えない。
隣で会話に華を咲かす麗奈を見ながらそんなことを思った。


「そういえばお前、麗奈とどういう関係なんだ。」
「麗奈の師匠だよ。」
単純明快に答えるシュラに燐は驚く。
「麗奈の師匠だったのか!」
(どうりで強いわけだ)
とか納得する。
「これまた獅朗に頼まれたんだがな。正直引き受けたのがまだ麗奈が小学校あがるくらいでしかも女の子だろ。しかも麗奈は名家の人間だからプライドも高いだろうし、確かに強いって評判だったけどガキの強さって計り知れるだろ。」
「麗奈って名家の人だったのか。」
「突っ込むとこそこかよ。というか知らなかったのかよ。」
まあいいやとシュラは呟いてさらに続ける。
「だから正直、引き受けたくなかったから、ケチつけれるようなところを探そうと後をつけてたんだ。」
「ストーカー。」
燐の突っ込みをスルーするシュラ。
「それでな、麗奈が一人街中歩いていると、やっぱり綺麗な服着てるし顔もかわいいだろ。やっぱり三人のそれっぽい連中に絡まれたわけよ。」

「やあ、お嬢ちゃん。一人かい?」
「ええ。」
「お家の人は? 送って行こうか?」
下衆な笑いを浮かべる三人。
そのうち一人が麗奈に手を伸ばす。
(ここまでか・・・)
いくら麗奈の監察と言えど、さすがに目の前で犯罪が行われそうなのに何もしないわけにもいかない。シュラは重たい腰をあげようとした。
そのときだった。

−−バチンッ!

一際大きな音がストリートに響く。
麗奈が手を払いのけたのだ。一切引けをとらず極上の笑みを浮べる。
「けっこうです。私下衆に面倒見てもらうほど落ちぶれていないんで。」
はっきりと言う麗奈。
呆然と見つめるシュラ。
途端、下衆呼ばわりされた三人のこめかみに血筋が浮かび上がる。
「コイツ、ガキのくせに・・・!」
「下手にでてりゃ生意気いいやがって!!」
「すぐに逆らえなくしてやる。」
と一気に襲い掛かる。
シュラは慌ててでようとする。いくらなんでもひとりでは難しすぎるというか、まだ麗奈は子供なのだ。
だが、次の瞬間。
男達の視界が180度変わった。
バタバタバタッという豪快な音とともに麗奈の目の前には男達が積み上げられていた。
さすがにシュラも目を見張る。
当の麗奈は呆れtたような顔をする。
「私をデートに誘うなんて100年早いわね。」
そして深い溜息をついた。

「それから騒ぎを聞き付けた街の人が警察に連絡してそいつらは逮捕された。まあ、よくある人身売買だったらしい。で、私は麗奈のその強さに惚れ込んだ。だから弟子を引き受けた。」

「初めまして。霧隠シュラだ。獅朗から連絡がいっていると思うが、今日からお前の師匠だ。」
最初訝しげに見ていた麗奈だが師朗の名前を出すと合点が言ったような顔をした。
「神父さんから聞いてます。よろしくお願いします。三日月麗奈です。昨日私をつけていたのは力試しですか?」
気配を完全に断っていたと思うのにばれていた。
「そんなとことだ。」
「言及は致しませんが。神父さんからはなんと?」
「"麗奈はまだ祓魔師としての戦い方を知らないから教えてやって欲しい"とのことだ。」
「そうですか・・・。」
少し考え込むような仕種をする麗奈。
「神父さんの言う通り、私は祓魔師としての戦い方を知りません。貴方は魔剣に精通していると伺っています。」


「どうか、私に魔剣の扱い方を教えて下さい!!」


いきなり頭を下げる麗奈。
シュラはいきなりのことに驚く。
「私は親を助けたいという願いがあります。そのためにどうしても必要なんです。どんなに厳しくてもついていきますから! どうかお願いします!!」
小学校あがるくらいの子供とは思えないほどの強い瞳だった。


「・・・ということで麗奈は私の弟子になったんだ。」
懐かしそうに言うシュラ。
燐は静かに聞いていた。
(今じゃ・・・どっちが強いかわからないけどな)
ふと天井を見上げるシュラ。
(一体、何を考えている?)


続く


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