彼女と理事長と16年間


カコーン
鹿威しの優雅な音が響き渡る。
日本の風流を思わせる庭園。
「ずずっ・・・、おいしい。」
飲んだお茶の美味しさにため息をつく。
「のどかでいいですねぇ・・・壊してやりたい」
縁側に座り、湯のみを膝の上におき、アマイモンは物騒なことを言う。
幸いなことに周りには誰もいない。
「彼氏はん、お待たせしました。」
すると廊下の奥から、作業しやすいように浴衣をまくしたてたここのスタッフであろう人が人懐っこい笑みを浮かべてやってきた。
ちなみにアマイモン、彼氏のことは否定しない。
「やっ、やっぱり恥ずかしいです・・・。」
「何言うてんのー。めちゃめちゃ似合っとりますよ。」
遅れて麗奈の声と他のスタッフの声が聞こえる。
そして、麗奈の恥ずかしそうに困った顔を見つけ、--アマイモンは黙った。
「外人さんでもここまで似合う人はめったにおらんわぁ。」
「ホンマねぇ、綺麗やわぁ。」
自分達の周りで褒めまくるスタッフをBGMに麗奈は硬直するアマイモンを見つめた。
「やっぱりコレじゃないとダメ?」
目の前には黒い着物と赤い前帯、花魁の格好をしている麗奈。
「いいじゃないですか。それじゃあ帰りましょう。」
ここにメフィストがいたら間違いなくアマイモンにしては珍しいほめ言葉だとコメントしたであろうが生憎彼は今学園である。
(恥ずかしい思いをしてそれだけっ!?)
自分の立ち位置について一瞬、懸命に考えようとした麗奈をアマイモンは自分の方に引き寄せ、
「きゃっ!」
という短い麗奈の悲鳴とともに麗奈をお姫様抱っこする。
「ちょ、ちょっと本当に何考えてるのよ!じ、自分で歩けるから降ろして!」
横でスタッフ達が黄色い声で騒ぐのをよそにアマイモンはそのまま歩く。
「だって麗奈、逃げそうだし。」
ごもっともな意見に黙る麗奈。
その間にもアマイモンはお店を出ようとしていた。
京都についてより、自分の母と青い夜の被害にあった寺を出てからは文字通り観光をしていた。
もとよりアマイモンの行動が不安で麗奈はそんな気分ではなかったが。
それでも人間の中にいて別段おかしな行動をすることなく、逆に不良たちを見ながら少しはこの悪魔を見習うべきだと思ったことは心の中に閉まっておく。
そしてガイドブックを見ながら行きたいところがあると言われ、着いた矢先が貸し衣装屋で、悪魔も多少こういうのに興味があるのかという思いと、アマイモンは何が着たいんだろうという好奇心で呑気について行ったのが運のツキだった。
「花魁の衣装ってありますか?もちろん、コイツで。」


アマイモンは鍵のある扉まで来ると無限の鍵を差し込み開ける。
そこに広がるのはやはり京都の街並み--ではなく、メフィストの屋敷だった。
(何時みても不思議)
今まで様々な専門書を読んできた麗奈だが、このトリックについてはいまだに謎である。
「お帰りなさい。あら、素敵なお土産ですね☆」
「冗談はよして下さい。フェレス卿。」
麗奈を見ながらメフィストは言う。
一瞬にして京都観光が終わった。
「只今戻りました、兄上。」
「ああ。そして早く麗奈をおろしなさい。」
「嫌です・・・と言いたいところですが、約束の日ですから。」
そう言いながら、「おろしますよ。」と丁寧にアマイモンは麗奈をおろす。
「あの・・・今日、何かあるの?」
"約束の日"というのがやけに引っかかる。何かを忘れているが何を忘れているかわからない。
「大したコトではありません。」
アマイモンはそう言うと違う扉を開ける。
「では行ってきます。」
「ああ。」
メフィストの顔がニタァとなるが、麗奈からは死角で見えない。
パタンと扉が閉まると部屋には静寂が訪れた。
「さて仕事、仕事」と柄にもないことを呟きながらメフィストは自分の席に戻る。
「いかがでしたか?母親について何かわかりましたか?」
仕事に取りかかるのかと思いきや、メフィストは椅子に座ると麗奈に問いかけた。
「それが狙いだったんですね。」
麗奈は手近にある三人掛けくらいの長いソファーに座っる。
「まあ、最近忙しかったでしょうから慰労の意味もあったのですが。」
それには何も答えず麗奈は言った。
「ええ、母がここに来る前のことを。なかなか面白かったです。」
「そうですか。それは良かった--」
メフィストの声を聞きながら、麗奈は物凄い眠気に襲われてきた。
(・・・あっ、あれ?何だろう?)
「いや本当を言うとアマイモンと麗奈さんを2人っきりにさせるということ自体が不安でしょうがなかったんですが。」
目の前で熱弁をするメフィストがだんだん霞んでくる。
「でもあなたのことを考えると仕方ないというかこれもあなたを思う親心でして」
とここでメフィストは「親になっていただいた覚えはありません。」というツッコミが入らないのを不審に思い、無駄にかっこよく伏せていた目を開いた。
「おや、」
そこで麗奈がすーすーと寝息を立てていることに気づく。
「麗奈さんが、人前で寝る姿を晒すなんて珍しい。--まあ私は悪魔だから人ではないかもしれませんが。」
自分でうまいこと言ったとか思いながら、メフィストは立ち上がると、麗奈の隣に腰をかける。
着物の広く開いた肩口から煌めく素肌が顔を覗かす。まだ若いというだけあり肌に衰えを感じない。
メフィストは黙って麗奈を自分の膝に倒す。寝息を立てる麗奈はまだ起きそうにない。
「--本当にあの人に似ている。君はよく我慢出来たもんだ、藤本神父。」
敬意も込めてメフィストは神父と呼んだ。
麗奈の顔に片手を這わせ、前髪をかきあげる。そこある自分のよく知る顔にメフィストは思い出を巡らせた。
(--15年間か)
実際麗奈が記憶しているのは8年くらいだろうが年を重ねる度、麗奈の母親、大和撫子そっくりになっていく。
(この想いは嘘か誠か)
目の前の少女の唇が上下に動くのを見ながら、メフィストは目を背けた。
(止めよう、これ以上は不毛だ。)
近くにあった本に手を伸ばし、メフィストは適当なページを開いて読み始めた。


「・・・・っ、。」
何の前触れもなく麗奈は覚醒した。
部屋の明かりに目が眩み、思わず瞑ろうとしたら、視界の端にシャンデリアが映った。
(・・・ここは、)
頭の中で次の言葉が浮かばない。
麗奈は目を開けた状態でまだ覚醒しきってない体を重く感じながら、天井を見上げた。
「おや、お目覚めですか。」
頭上から聞き慣れた声がし、麗奈は目を動かすとこちらを覗き込むようにしてメフィストが聞いてきた。
麗奈はメフィストを見つめたまま暫くの間が空いた。
明らかにソファーと違う感触と見上げればメフィストがいる事実が判ると麗奈すぐさま体を起こした。
「私の膝枕はお気に召しませんでしたか?」
残念そうに言うメフィスト。
(何もされてないよね!?)
貞操の危機を感じつつ、麗奈は黙ってメフィストの出方を見た。
「それにしても、大分お疲れだったんですね。あなたなしては珍しくぐっすりでしたよ。」
そこまで告げるとメフィストはそれ以上興味がないとでも言うかのように読んでいた本に目を落とした。
(・・・・・私としたことが)
メフィストの態度からして多分本当なんだろうが、麗奈はかなりショックを受けていた。
これでも誰かに無防備な姿は見せないと心掛けて、少なからず今までそうしてきたのだ。
「まあ、」
麗奈が寝てしまった原因について3秒程度、思考が停止した瞬間、
(しまっ---)
メフィストの腕が伸び、麗奈の肩を掴むとそのまま仰向けになるように押し倒した。
ソファーに身を埋める音が2人きりの部屋に響く。
「麗奈さんが、私に無防備な姿を晒しても構わないというなら話も多少違いますが。」
(---動けないっ)
元よりメフィストに腕力で勝とうなんて無理と分かりきっていたが、それでも抵抗しようとする。
(どうして?やはり裏切ったの?私を殺すつもりかしら)
腹の中では真意を探っていた。
メフィストの体が麗奈に被さるように倒れてくる。
もう、文字通り目と鼻の先だ。
半分覚悟を決めて、麗奈は力を解放しようとしたどころで、
「好きですよ、麗奈。」
告白された。


今度こそ思考を停止させたかったが、近づいてくるメフィストの唇に麗奈は頭をフル回転させる。
「違う!!」
瞬間、麗奈は叫んでいた。
さすがにこれにはメフィストも行動を停止させる。
「あなたが好きなのは私じゃない!」
怒気のこもった瞳がメフィストを突き刺す。
「あなたは私に母を被らせているだけよ。本当に私が好きなわけじゃない。」
メフィストはその言葉を聞いて、目を丸くさせていた。
「私が撫子さんに恋慕の気持ちがあったこと、ご存知でしたか。」
それでも落ち着いた様子でメフィストは答えるとまた再び麗奈に覆い被さる。
「ですが---」
メフィストは麗奈の唇に軽く触れた。
いつも挨拶でするフレンチキスのはずなのに、何だかいつもと違う。
「私が愛しているのは麗奈、あなたなのです。」
必死に訴えかけてくるメフィストに麗奈は目を思わずそらした。
「嘘よ。あったとしてもそれは家族に対する愛情だわ。現に私の面倒を見てくれたじゃない。」
「日本に来たときの話じゃないですか。それにあなたはヴァチカンにきちんと養い手がいる。私は麗奈さんの養父になったつもりはありません。」
メフィストは目を合わせてくれない麗奈を見据えたまま、告げた。
「麗奈さんは8年くらいしか覚えてらっしゃっらないかもしれませんが、私は麗奈さんが生まれて15年間。ずっと見てきたんです。----あなただけを。」
麗奈がふとメフィストを見上げると酷く切なそうな顔をしていた。
「それでも信じていただけませんか?」



<続く>


back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -