彼女と京都と大和撫子


大和撫子---。
それは大和家に産まれた絶世の美女だった。


「ここは・・・。」
麗奈は扉から這い出るように外に出た。
ガラッという音がし思わず手をついたところを見れば
「・・・瓦?」
そこは屋根だった。
東京タワーのみの東京観光の次の行き先。
「あれが清水寺ですねー。」
隣では既に屋根瓦の上に登ったアマイモンが清水寺を見つけたらしく遠くの山を見ながら感嘆の声をあげる。
「京都、ね。」
もアマイモンも横に立つ。
「ところでこの屋根は京都のどこなのかしら?」
若干怒った声の麗奈の声。
「やだなー。京都ですよ、京都。」
一方、アマイモンは観光しないと損と言うかのように楽しそうに言う。
アマイモンの態度に半分ため息をつきながらも麗奈周りを見た。
どうやら自分達が立っているのは塀の屋根らしく、内側には立派な庭と家屋が見える。
(・・・なんでだろう、懐かしいと思うのは)
初めて来た場所なのに麗奈はノスタルジーを感じる。
「ここの家は立派ですね。」
アマイモンの会話に返事しようとして、麗奈は固まった。
頭の中ですべてが繋がる。
(お母さんの家だ。ここ。)
そこは旧家である大和家の家屋だった。


母のことは日記で知っていた。
京都にある旧家の大和家に産まれ、15才を期に学園に入る。そこで祓魔師の存在を知り、祓魔師になった。
京都にいた頃、つまり幼いときの母は絶世の美女と持て囃されいた。しかし可愛らしい外見とは裏腹にやんちゃだったらしい。やるときはやる人間らしく日本舞踊が恐ろしく綺麗と評判だった。
大和家には代々、女児には本名とは別に花の名前の二つ名があるらしいが麗奈の母は本名も二つ名も"大和撫子"という異例中の異例である。つまりそう呼ばれるのに相応しい容姿だったのだ。
「麗奈には花の名前ないのですか?」
アマイモンが不思議そうに尋ねる。
二人は家屋に入り込み、廊下を歩く。
「お母さんが大和家で縛るような真似は自分の子にさせたくないって思ってたみたい。だからないのよ。」
さすがに旧家だけあってしきたりも厳しかったようで母はそのところも日記として綴っていた。
そう言いながら麗奈は一つの引き戸を開けた。
誰もいない六畳一間。綺麗にされていて必要最低限しか置かれていない。
「ここは?」
アマイモンは室内を見回しながら麗奈に聞く。
「多分。母の部屋だと思う。」

そう言いながら本棚の前に立ち、じーっと眺めていた。
「日記の中に書いてあったの。物心ついた頃から日記は書くようにしていたみたいで、学園に来る関係で中学生以下の日記はここに置いてあるって。」
人差し指で背表紙を追いながら@@麗奈は一つの本で手を止めた。
麗奈が本棚から取り出したのは赤いがっちりとした本。
「これだ・・・。」
アマイモンが首を動かして見たときは既に麗奈は日記に夢中になっていた。
「・・・何かわかりましたか?」
しばらくしアマイモンは話しかける。
「うん。母がいつから悪魔が見えるのか謎だったけど、胎内にいるときに魔障を受けていたみたい。」
「悪魔が見えるのがどうして謎なんですか?」
「父の家系は元々祓魔師だからわかるけど母の血筋にはいないし、昔母はそれで何かに憑かれたのではないかって言われてたから。・・・!」
読みながら説明するという器用なことをしていた麗奈だが、言葉が途切れる。
アマイモンが話しかけるよりも先に麗奈はその場で立ちあがった。
「もう出ましょう、アマイモン。」
麗奈の右手にはしっかりと母の日記が握られていた。


「もういいのですか?」
二人が歩くのに十分な歩道。
「うん。もういいの。」
大和家を出て二人はゆっくりと歩いていた。
「それにしてもよくバレずに済みましたね。」
「この時間帯はお茶の時間みたいだから人が少ないらしいの。」
「それもお母さんの日記ですか?」
返事の代わりに麗奈は頷くと大事そうに小脇に抱えた母の日記を大事そうに見つめた。
「で、麗奈はどこに向かっているのです?」
「お隣の寺。」
麗奈は立ち止まると山側を見上げた。
そこには2本の石柱と石段があった。
「母が悪魔が見えることにみえざらぬモノが見えるのではないかと、親族は付き合いの長い由緒ある寺へ相談に行った。それがここみたい。」
アマイモンも麗奈に習うように見上げる。
(・・・由緒あるというわりには廃れている気が)
そんなことを思っていると、2人の横を子供が無邪気な笑い声とともに走り抜ける。
「鬼さーん、こーちら。手のなるほーへ。」
「待てよー。」
「やべっ。祟り寺だ。逃げろ、逃げろー。」
その様子を静観していた2人。
(・・・祟り寺?)
(・・・日本の遊び?)
だが考えることは全く違っていた。

(・・・由緒ある寺とは程遠い)
寺に辿り着いたアマイモンがそう率直に感じる程、外観は荒れていた。
麗奈は何も言わず歩き出す。アマイモンもそれに続く。
辺りは大変静かで昼間とは思えない。
本堂まで辿り着くと麗奈は何の躊躇いもなく障子を開けた。ガラガラという建て付けの悪い音がする。
奥のほうに仏像があり、あとは取り立てて目立つものはない。
(住職はいないのかしら)
麗奈は内心焦り出すが外面は目立った表情を見せなかった。
「誰もいないですね。」
珍しいのか周りをキョロキョロ見渡しながら、アマイモンが言う。それに答えようとしたとき、横の方でガラガラと音がした。
「あれ?」
入ってくるなり酷く驚いた表情を見せ、
「参詣の方ですか?」
と和尚は尋ねた。ひげを生やした優しそうなおじさんだった。
麗奈が黙ったままいるが、和尚は構わず話しかける。
「古い寺で驚かれましたか?これでも昔は由緒あるお寺として檀家も多かったんですが。隣に立派な旧家がありますがそことも大変繋がりがあったんですよ。」
と少し懐かしそうに、旧家のほうに目を向ける。
「青い夜ですか?・・・」
麗奈がぼそっと言うと和尚は「ハハハ・・・」と笑った。
「関係者でしたか。」
その言葉には少し安堵が含まれていた。
「よろしければ、その時のこと教えていただけませんか?」
麗奈の言葉に和尚の笑顔が消える。
「教えるのは簡単なことです。けれどあなたはそれだけのものを背負う覚悟がありますか?」
和尚の声に少し力が入っていた。
「祓魔師からたくさんのものを奪った"青い夜"を。」
目が鋭く突き刺さるのを麗奈は真摯に受け止めた。
「----あります。私は自分のことのためにサタンのことを知る必要があるんです」

じっと麗奈は和尚を見る。


「俺はサタンを倒すんだ。」


昔、自分の息子がそう言ったときと目の前の子がダブる。
まだ小さいのに曲げられないもののために決意する大きな瞳。
「・・・・・・・・」
和尚は黙っていたがやがて口を開く。
「いいでしょう。少しお待ち下さい。」
そう言って奥に入りしばらくすると一本の巻物を持ってき。
「私がそのときの様子を書いたものです。今よりその時の私のほうが詳しいでしょうから。」
巻物を麗奈へと差し出す。
「・・・ありがとうございます」
その深い藍色の巻物を麗奈は両手で受け取った。

「お気をつけて。」
長い石段の手前、和尚はアマイモンと麗奈を見送っていた。
「最後に一つ聞いてもいいですか?」
麗奈の質問に和尚は笑顔で答える。
「はい、何でしょう。」
「大和撫子はどんな人物でしたか?」
質問の内容に和尚は目をぱちくりさせたが、柔和な笑顔で答える。
「とても綺麗な方でしたよ。」


(--撫子さんかあ。久しぶりに聞いたなあ。元気にしてるんだろうか?)
階段を降りる2つの背中を眺めながら和尚は思い出に浸っていた。


(・・・綺麗な方かあ)
階段を降りながら麗奈は先ほどの和尚の言葉を思い出していた。
自分の母のことを誉めてくれるのはなんだかくすぐったく口元が緩みそうになる。
「・・・・・・」
先ほどから一言も話さない麗奈を見ながらアマイモンは何か考え込んでいた。
(綺麗といえば藤本神父も言ってたな)
そんなことを頭の隅でちらっと考えた瞬間、麗奈の体が宙に浮く。
「えっ・・・・!」
唐突の出来事に麗奈は声を漏らす。やがて勢いよく、飛び出した。


アマイモンは考え込んでいた麗奈の手首を掴み、腰を落とす。
背後で麗奈の息を飲む音がしたがアマイモンは気にせずに、宙に向かって飛び出した。浮遊感に見まわれる。
麗奈には罵声か悲鳴かあげられるかと思ったが何もなかった。後ろを少し見れば顔色一つ変えずにきちんと態勢を整えている。
そのままアマイモンは階下まで一気に飛び降りると歩道に着地した。隣に麗奈も余裕で着地をする。
「・・・ビックリしたんだけど。」
至極真面目な顔で言われ、アマイモンは少し不満がる。
「全然そんな顔をしているようには見えませんが。」
2人の間に微妙な空気が流れる。
沈黙を先に破ったのはアマイモンだった。
「麗奈が母の足取りを調べることに関して咎めはしませんが・・・」
アマイモンはかがみこみ麗奈の瞳を見据えて言った。
「せっかく観光に来たんだから楽しみましょう。麗奈は今、僕と一緒にいるんですから。僕だけ見てればいいんです。」
その言葉に麗奈は何て返していいかわからなり、言葉に詰まる。
聞いているのか聞いていないのかわからないアマイモンであったが、「では早速」と言うとまた麗奈の手を握った。

アマイモンは手を握ったまま跳ね上がると今度こそ悲鳴をあげた麗奈と共にに京都の街に繰り出した。


<続く>


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