02
生徒会室から逃げるように階下へ下り、誰もいない1年天文科の教室へ閉じこもった。
はぁ、と長く息を吐いて目から零れ落ちる涙を制服で拭う。そして両手でパン!と頬を叩いて気合を入れなおす。
「もう・・・ここには泣きに来たんじゃないんだよ。教材を持ったら陽日先生に天体望遠鏡も借りなきゃならないんだから」
そう自分に言い聞かせ、自分の机から観測に使う教材を出していると、教室のドアがガラッと開いた。
「っはぁ、はぁ。ぬはは! 彗、みーっけ!」
「っ!翼!?」
にぱっと笑って翼が教室に入ってきた。宇宙科の生徒である翼の息が上がっていた。…もしかして全速でここまで走って来てくれたのだろうか?という仄かな期待をしてしまう。
けれど、さきほどの場都の悪さが再燃し、私はパッとうつむいてしまった。
「ぬ? 彗?・・・もしかして、泣いてた?」
「え! いやいやいや、泣いてないよ! うん、泣いてない!」
私の顔を覗き込むように身を屈める翼から身を隠し、教材を抱えたまま背中を丸めてうずくまった。
頭の上から「ぬーん・・・」という声が聞こえるけど、顔の泣き跡が消えるまで時間稼ぎの篭城を決め込む。
しばらくすると、背中越しにガタガタと机や椅子が動く音が聞こえてきた。屈んでいた顔を上げて振り向こうとした時、
背中から手が伸びてきて私ごと抱きしめられた。
「ぬん、つかまえたー」
(!!)
耳元で囁かれて体温が一気に上昇する。心臓の音が聞こえるくらい早くなってくるのがわかった。
「ぬーん、彗はやわらかくてぬっくぬくだなー。俺、ほわほわした気持ちになってきた」
「あ、ああああそう? そそそれはよかった、のかな!」
「なぁ、さっきも聞いたけど何で泣いてたんだ?もしかしてぬいぬいが言った事?」
「・・・う、」
泣き顔も見られ、心の内も当てられ、もはや隠し事の意味がなさない状況で私は言葉が詰まる。
そんな私の反応を見て「当たり?」とでも言いたげな口調で「ぬはは、可愛いなぁ」と言って翼は頬を摺り寄せてきた。
ああ! もう! そんなことされたら私、どうにかなっちゃうよ!
降参です、という表情で おずおずと顔を上げると、そこには目を細めて私を見つめる翼がいた。
「ぬは。やーっと顔見れた」
翼は私の肩に両の手を置いて、顔を覗き込みながら「一緒に帰ろ?」と言った。
その表情に、カッと顔が赤くなる。
「あ、彗、顔が赤いぞ〜?りんごみたいなのだ!」
「う、うるさいな! 私、今から陽日先生のところに望遠鏡を借りに行くの。だから一緒に帰れない」
赤面したことを指摘され、照れ隠しでプイッとそっぽを向いた私の手を翼がぎゅっと握った。
驚いてはじかれるように顔を上げた私の頬に、翼の片方の手が添えられる。
「それなら俺も行く」
「え、」
「望遠鏡、三脚込みで9キロもあるんだぞ? 重い荷物は俺にまかせて?な?」
そう言って、私の手を引いて立ち上がらせ、私を見てにっこり笑った。
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