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年の瀬も押し迫った12月29日。
私は星月学園前のバス停に兄の昴を見送りに来ていた。


「・・・本当に帰らないのか?」

「だ、だって課題が終わらないんだよ」

「早く取り掛からないからだろ?」

「うっ・・・それはそうなんだけど」


年末年始を自宅で過ごす生徒が大半を占める中、私は帰ることが出来ずにいた。
本来であれば2学期中に提出期限だった観測の課題が終わらず、年明けに提出することになってしまったのだ。
しかも観測は学校の機材を使わなくてはならないため、否応無く帰宅の選択肢は無くなった。


「年末年始は先生たちも居るからいいが・・・戸締りだけはしっかりしろよ!それと陽が落ちるのが早いから、夜道には・・・」

「ああ、もうわかったから!ほら、バスが来たよ!」


小姑のように口うるさく私を心配する昴を強引にバスに押し込めて、走り去っていくバスに手を振る。
後ろ髪を引かれるような顔をしてこちらを見ている昴に、大丈夫だよと声をかける。
バスが見えなくなると、私は大きく振っていた手を下ろし、ふう、と大きく息を吐いた。

人気の無い星月学園の正門をくぐりぬけ、職員寮まで向かう。標高の高い敷地内は、昼間だというのに身震いする寒さだ。
首を竦めて上着を一番上まで閉めながら帰路に着いた。校舎を正面に見て、寮の方向へ曲がろうとしたとき、


ドッカーン!!!


聞き覚えのある爆発音が校舎の5階から聞こえてきた。


「あ、翼。・・・帰ってなかったんだ」


翼の発明が失敗したときの爆発音に異常なまでの反応を示していた頃が懐かしい。今ではそれほど驚かなくなったその音は、翼の存在を表しているようで
親しみすら沸いてくる。私の足は、寮から生徒会室へ向いて歩き出した。

校舎の5階に生徒会室がある。その中には、不知火会長が翼のために作ったラボがある。その部屋は、爆発に耐えられるような特別な造りをしているらしい。
その部屋の強度のおかげなのか、翼のおかしな発明ははかどっているようで、生徒会が無い日でも翼はラボに篭っている事が多かった。
翼を捜したければ、教室か寮の部屋かラボを探せば大概見つけられるほどだ。


ガラガラガラ・・・・


「失礼しま「コルァァァァァアアア!翼ァァ!!」


ドアを開けた瞬間、ゴオッ!という音がしそうな勢いのある怒鳴り声が生徒会室から聞こえてきた。
声の主は、星月学園生徒会長・不知火一樹会長だ。一樹会長は肩を震わせながらラボの扉に向かって怒鳴っていた。


「あ、彗さん。いらっしゃい」

「失礼します、颯斗先輩」


その声は生徒会の常識人、青空颯斗先輩。生徒会室に入ってきた私に気づいて声をかけてくれた・・・のだが、
やわらかな口調に反してその表情は硬く、ラボの前で押し問答を続ける二人を見つめるその眼差しに若干黒いものを感じた。
・・・これは早々に耳栓を用意しておいたほうがよさそうだ。


「また、爆発させたんですか?翼」

「ええ。いつもの事とはいえ、気が気ではありませんよ。火事でも起きたら大変ですから」

「ぬぬ!この声は! 彗が来てるのかー??」


ガラッという音とともにラボの扉が開いて、翼がひょっこり顔を出した。
私を見つけてにぱっと笑った顔は、すぐさま一樹会長に頭ごと掴まれて悲痛な表情へと変わった。


「ぬががっ!! 何するんだぬいぬい!」

「なにするんだ、じゃねぇ! 休みの日まで爆発させやがって・・・!お前の発明は爆発せずに出来ないのか、ええ?そうなのか?」

「そんなことない! というか今日は爆発物はいじってない!」

「じゃあ何で爆発するんだよ!?」

「そんなの俺が聞きたいぞ!今日はそらそらの黒板攻撃回避マシーンの動力モーターを作ってただけなんだし?」

「どうせ配線を間違えてショートさせたんだろ」

「ぬぬ! 天才発明家はそんな初歩的なミスはしないぞ!」


ぎゃいぎゃいと押し問答を続ける二人に向かって、颯斗先輩が静かに小さな板を構えた。私は即座に耳栓をして迫りくる恐怖に備えた。
そして翼に両手を振って、こちら側に意識を向けさせた。私に気づいた翼が、満面の笑顔を向けてきたが、すぐに表情が強張り、ぬわわ、と体を硬直させていた。
その翼の表情を見て、一樹会長も異変に気づく。後ろを振り向いた時には既に遅し。颯斗先輩の爪が黒板の上を掻き滑った。


キキキキキキキィィィィ〜


誰もが悶えるその戦慄の響きに、翼と一樹会長が耳を塞いで七転八倒する。耳栓のおかげで私は事なきを得たが、目の前の二人が哀れでならない。


「いい加減にしてください、二人とも」


ピシャリと諌める声にHPを削がれた二人が無言で顔を縦にぶんぶんと上下させた。その様がおかしくて、私は思わず噴出してしまった。
その声に気づいた颯斗先輩がこちらを向いて一睨みしたので、肩を竦めながら、颯斗先輩に軽く謝罪の会釈を送った。
すると、床に座り込んだままの翼が私を見て何か思ったらしく、あ、と声を上げた。


「そういえば彗は何でここにいるんだ? 昴と一緒に帰ったんじゃなかったのか?」


翼は私の兄と同じクラスだ。生徒会でも顔を合わせるので、雑談の中で昴が帰宅の話をしたのだろう。


「あ、うん。実は観測の課題が終わらなくて。学校の機材を使わないと正確なデータが取れないから居残ることにしたの」

「ぬ?じゃあ彗は年末年始は寮で過ごすのか?」

「まぁ、そうなるよね」


うわべでは笑ってやり過ごしてはいたが、実は皆に居残りの理由を知られて、私は何とも場都が悪い思いをしていた。
生徒会のメンバーは個々で見ると成績優秀な人たちばかりだ。この場に居ない月子先輩や昴も然りだ。
そんなことを考えていたら、私だけが場違いな感じがして、とても居辛くなった。


「・・・おい、彗。何処へ行く?」


一樹会長が私に声をかける。その場から去ろうとしてドアに手をかけていた私は、思わずビクッと肩を揺らしてしまった。
はい、と声弱に振り向くと 困ったような顔で3人がこちらを見ていた。


「お前、今『自分が場違いな人間じゃないか』とか思ったんだろ?」

「彗さんは生徒会に必要ですよ。此処にいる誰も、そんなことは思っていません」

「そうだぞ! 俺は彗が此処にいてくれなきゃ嫌だ」


予想外の言葉に驚いてその場で固まってしまった。そのまま3人に飛びついて泣きたい衝動に駆られたが、長年染み付いた秘密主義がそうはさせてくれなかった。
目じりを下げて、だけど奥歯には力を入れて口を閉じて微笑む表情を返す。


「・・・そんなこと思ってませんよ?一樹会長。でも心配してくださって有難うございます。じゃ、私はこれで」


ドアを開けてペコリと一礼し、後ろ手にドアを閉めると、私は足早に生徒会室から立ち去った。


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