天羽翼: キスを阻む最後の砦4


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それからというもの、俺は名前と一緒に居る事が多くなった。

学部は全然違うけれど、講義が終わればどちらからともなく連絡を取り合っては研究室に集まった。
俺は発明、名前は授業のレポートをまとめたり授業に関わる本を読んだりして過ごしていた。
生徒会の皆や梓以外で身構えずに居られる存在は久しぶりで、俺は毎日が楽しくて仕方が無かった。

学部違いの生徒が校舎を超えて交流する事は然程珍しく無いが、普段お目にかかれない理学部のマドンナというプレミアム感は皆の注目を集めるのには十分だった。
加えて、日を追うごとに表情豊かになっていく名前は工学部でもあっという間に人気者になってしまった。

名前の人気と比例するように、俺の心に宿り始めた一つの感情。
それが何なのか知りたくて、ある日研究室でレポートをまとめている名前を俺はじっと観察していた。


「・・・・えーっと天羽くん、そんなにじっと見られると作業が進まないんだけど?」

「ぬ?どうして?」

「どうしてって・・・」


名前を観察することで、俺の中のもやもやを解消する方法を探り出したいのだけど
見れば見るほど、もやもやは消えるどころかどんどん大きくなっていく。
遂には胸がぎゅーって締めつけられる症状まで出始めた。


なんだ、これ。・・・いよいよ俺、病気かもしれない。


「ぬ・・・」


理由のわからない胸の痛みに耐え切れず、屈みこんだ俺に名前の慌てたような声が降ってくる。


「え、天羽、くん? ちょっと大丈夫?」


大丈夫だ、と答えたかったけど、とりあえず何かにつかまりたくて、手近なものを掴んで抱え込んだ。
はーっと息を吐いて安堵したところで、


「ちょ、天羽くん・・・天羽くんてば!」


名前の声で、ハッと我にかえる。
俺の腕の中で小さく体を強張らせている名前。掴んだと思ったものは名前本人だった。


何かを抱え込んだけれど・・・どうやら名前を抱きしめてしまったらしい。


「ぬ、わわっ! ご、ごめんなのだ!」

「び、びっくりしたよ! もう!」


慌ててぱっと離れた時、再び痛み出す俺の胸。
あれ?と違和感を感じていると、目の前では普段声を荒げない名前が顔を真っ赤にしてあたふたしていた。


「ぬ、名前、どうしたんだ?そんなに慌てて。顔、赤いし。風邪でもひいたのか?」

「慌ててなんて!・・・そんなに赤い?」

「うぬ。もし風邪なら、俺も病院に行きたいから一緒に行ってほしいのだ」

「え、天羽くん、風邪でもひいたの?」


「うぬ・・・」と呟く俺を覗き込んでくる名前を見て、更に痛み出す俺の胸。速さを増していく鼓動。
これはいよいよヤバイかもしれない。


「最近、この辺がぎゅーって痛くなるんだ。心臓もドキドキ速くて息苦しい」

「それ風邪じゃないじゃん!今すぐ保健室に行こう!」


机に広げていた資料をまとめて身支度を終えた名前が、俺の腕を名前の肩に回す。


「よ・・・っと。天羽くん、歩ける?」

「う、うぬ」


予想外の名前の行動に驚きつつも、俺は胸の痛みが小さくなっている事に気づく。


(ぬ?さっきまで痛かったのに・・・今は痛くないのだ)


そういえば、さっき間違えて名前を抱きしめてしまった時も、胸の痛みは引いていた。
まるで豆電球の実験みたいだと心の中でつぶやきながら、名前に抱えられたまま、保健室に向かった。