天羽翼: キスを阻む最後の砦


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全く、翼には勝てない。

無意識で私の心を鷲掴みにする言葉をくれる。
あれがわざとだったら、彼はものすごいプレイボーイだ。


俺に解き明かせないものなんて無いと思ってた。

その目にいろんな景色を映し、多くの人を惹き付ける名前。
行動パターンを予測して捕まえてみても、いつの間にか彼女は自由に飛び回る。

本当に、名前には適わない。





星が好きで、それを見る手段が好きで、それを解き明かす計算式が好きになった。
もっともっと星のことが知りたくて。星を学ぶ学科が天文学であることを知った。

天文学を本格的に学ぶため、高校に入ってからは脇目も降らず勉学に明け暮れた。
18歳の春、3年間の努力が実り、私は国立大学の宇宙地球物理学科への入学を果たした。



ある日、私はゼミの教授に呼ばれてこう告げられた。


「苗字君、今度、僕が新しく受け持つ別の講義に出てみないかね?」


教授が新たに受け持つ航空宇宙は工学部の分野で、私が在籍する理学部とは人間存在に対する
とらえ方おいて相違点があるものの、大気の影響を受けずに観測が可能なハッブル宇宙望遠鏡や
現在建設中の国際宇宙ステーションの構築に欠かせない航空宇宙工学は私の興味を十分にそそった。

私は教授に二つ返事をし、講義の日程表を貰った。


初めて入る工学部の校舎は研究肌な生徒が多い理学部とは違い、活気に溢れていた。

ラジコンでロボットを操作する人や大きな自作プロジェクターを使って映像の階調の解析をしている人、
自転車で発電してその電気を送電してみたり、大きな風船を飛ばして推進力のテストをしている人もいた。
机上での学問が全てだった私にとっては、その光景はまるで遊園地のようだった。

構内を歩き回り、教授の授業が行われる教室に入ろうとしたとき、外からものすごい爆発音が聞こえた。



ドーン!!!!



「ぬわー!俺のロケット花火くん3号があああ!!!」



爆発音と共に、それを作ったであろう人の声も聞こえてきた。反射的に廊下の窓から下を覗くと、
グラウンドの隅で、ロケットの推進力テストを行っていた生徒が数人見えた。
・・・よかった、皆無事だ。・・・でも煤だらけ。



「あーあ、天羽のやつ、また爆破させたよ」

「これで何回目だよ?俺、もう驚かなくなったぜ?」

「その割にはこうして見に来てるのな?」

「それはそうだろう?いつ成功するかもしれないからな」



廊下にいた野次馬達の会話を右から左へと耳にしつつ、時計に目をやった。
丁度教授の講義が始まる5分前。煤だらけの集団が気になったが私は教室に入っていった。


教授の授業は 教授の言葉どおり新鮮だった。

理学部での授業とは違い、サンプルにある運動をさせてその効果を見せるなど、工学部の講義はさながら理科の実験のようだった。
天文学にはなじみの無い「失敗例」などの紹介もあり、教授の過去の失敗談は生徒の笑いを誘った。
生徒達の緊張も取れ和やかな雰囲気の中、教授がサンプルを片付け始め、講義に戻るため壇上に向かった。
するとまだざわつく教室の外から、こちらへ向かってくる足音が聞こえてきた。



「すいません!実験してて遅れました!!」



授業に遅れてきたのに、臆することなくドアを開き、バタバタと教室に入ってくる彼に私はあいた口がふさがらなかった。
その彼はキョロキョロと教室を見渡した後、あろうことか私の隣に来て「ここいい?」とたずねながら座った。



「天羽、実験もいいが、せめて授業には間に合うようにしろよ」

「ぬはは、ごめんちゃいなのだ、先生」

「じゃ、授業を再開する。して、先ほどの実験についてだが・・・」



(天羽?・・・ああ、この人か。さっきグラウンドで爆発させた人ね)

私は教科書に目を落としながら、隣の彼についてちらっと考えた。



「なぁ、俺、教科書忘れた。見せてもらっていい?」



視線を教科書から外し、声のしたほうへ顔だけ向けた。



(!!!!!!)



隣の席の彼は、私の教科書を覗き込むため、いつの間にかかなり接近していた。



「どっ、どうぞ!!!」



顔を逸らして、教科書だけを右側にスライドさせる。隣から「ぬは、ありがと」という声が聞こえた。
彼の耳にはヘッドフォン。教授の講義は聴く気が無いのか、でも目は教科書に向かっていた。
そんな平然とした彼とは対照的に、私の心臓ははちきれんばかりの勢いで脈を打った。



(びっくりしたびっくりしたびっくりした!!)



こんなに近くで男子の顔を見たのは初めてだ。免疫の無い名前の顔がその意思に反して赤くなる。
初対面だが、こんな顔を見せるのは流石に失礼だろうと、ノートに顔を埋めて机に突っ伏した。
ああ、教授、ごめんなさい。せっかくの授業をきけませんでした・・・