土萌羊: 休日の伊達眼鏡3


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書架の迷路で鉢合わせした土萌先輩に真正面から捕まり、両肩を掴まれる。走り回っていたせいか、土萌先輩の額にはうっすらと汗が滲んでいる。


「何か勘違いしているみたいだから言っとくけど、」

「僕は別に月子に頼まれたからってことだけで、君の勉強をみているわけじゃない。」


(ちょ!先輩、ち、近い!)


土萌先輩は今日に限って眼鏡をかけていて その端正な顔立ちに彩を添えていた。土萌先輩が目が悪いなんて聞いたことが無い。おそらく伊達だろう。
いつも以上に私の心拍数が煽られる。書架と書架の間のスペースに生徒が二人。手狭な空間で密着度が増す。そんな状況で、土萌先輩の言葉の意味も十分噛み砕く余裕なんて無い。


「僕、なんとも思ってない女の子に、こんな風に触れたりしないんだけど」

(へぇっ!?)


まっすぐ私を捕らえる眼鏡越しの瞳がゆらりと揺れた。そして先ほどから投げかけられている どうとったらいいのかわからない言葉。
やがて訪れるであろう展開にドキドキしていると、私の肩に置かれた先輩の手が離される。


「せ、先輩?」


土萌先輩の行動・発言に一々反応してドキドキしていたので、私はうっかり拍子抜けしてしまう。
土萌先輩は深く長いため息を付きながら表情一つ変えずに口を開いた。


「まぁいいや。・・・君は要領が悪いし、うっかりミスが多い。でも、ちゃんとやればできるんだからもっと落ち着けば?」

「・・・はい」

「あと・・・・君は女の子なんだ。僕に肩を掴まれてもボーっとしているなんてどうなの?その無防備なところも一緒に直すこと。いい?」


最後に言われた言葉で、私はハッとする。ごめんなさい!とひたすら謝って土萌先輩を見上げた。ちょっと目じりが赤くなっているような気がして、怒らせてしまったのだと意気消沈する。

今日は気分が上がったり下がったりで、本当忙しい。でも上げ下げするのが土萌先輩なら、全然苦に思わないから不思議だ。突き放す言い方をされたらされたで、頑張ろうとか思ってしまう私は、おかしいのだろうか。

私が眉を下げて俯いていると、土萌先輩が「名前」と私を呼んだ。私は弾かれたように返事を返す。


「今日ここに来たのは 月子から1年の抜き打ちテストの話を聞いたから」

「昨日の後半は全然復習になってなかったからきっと君が困ってるって思って。僕が使った参考書、貸してあげるから、なんとかこれで乗り切れるでしょ」


土萌先輩はそう言いながら目線を出入り口に向けた。入り口付近に大きな紙袋が置いてあるのが見えた。
というか、後半の復習ができていない件、バレバレだったんですね。
それを含めた土萌先輩の好意がもの凄く嬉しくて、大きく一礼した後、満面の笑みで土萌先輩を見上げた。


「あ、ありがとうございます!本当に助かります!」

「・・・そんなことよりも 早く復習やったら?テスト、明日なんでしょ?」


眼鏡越しの土萌先輩は目を細めて柔らかく笑いながら意地悪な言葉を私に投下した。
じゃね、と片手をあげつつ、土萌先輩は図書室を後にする。

なんだかいろいろありすぎて、その後姿をボーっと眺めていると、「あ、そうだ」という言葉とともに、土萌先輩が振り返った。


「僕の参考書使っておいて赤点なんて取ったら・・・わかってるよね?」


(ええっ!?)


振り向きざまにいたずらっぽく微笑んだ土萌先輩の表情に私の顔が沸騰した。

先輩の意図なんてわからないけど・・・・今は、今だけは、ほのかな期待を持ってもいいだろうか?

図書室を後にする先輩の後姿を、私はいつまでも見つめていた。