土萌羊: 休日の伊達眼鏡


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−−−−−中間考査結果発表


ここは1年生のクラスが並ぶ廊下。そこに張り出された順位を見て愕然とした。


「・・・・・うそ」


前回よりも駄々すべりな落ち方だ。

秋の夜風が心地いいので、毎晩天体観測に精を出していたのが悪かったのか、
白鳥先輩に教えてもらったゲームに毎晩興じていたのが悪かったのか、
いずれにしても、勉強に費やすべき時間を削がれていたことは紛れも無い事実だった。


順位を落としたからといって、私は特待生では無いので退学させられる事は無いし
親も放任主義なので、落第しなければ成績についてはあまり触れない。
本来なら何の心配もしなくてよいはずなのだが・・・


「あーあ、見事に順位を落としたね」


そらきた。私が憂慮する原因。
嫌々しく振り返ると、よく知った先輩が掲示物を見上げていた。


「・・・・・土萌先輩」

「ねぇ、君ってバカなの?僕が勉強を見てあげたのに何で順位が落ちるのさ?」

「・・・・・・・」


痛いところを突かれてぐうの音も出ない。ここで反論すると倍返し、いや、それ以上の反動があるからそれはやめておく。
「連日天体観測してました!」とか「ゲームのやりすぎで」とか、正直に言ってみようとも思ったがそれらを禁止されるのも癪に障る。


「ぃよう!名前!」


遠くからこれまたよく知った声が聞こえてくる。片手をひらひらさせてこちらに歩いてくる。傍に居る土萌先輩を見つけると「げ、おにぎりも一緒かよ」とあからさまに表情を濁す。


「ちょっと、和泉。おにぎりって言うのはやめてって言ってるでしょ」


そんな土萌先輩の抗議を無視して、崇嗣は私に話しかけてきた。


「なぁ、テストも終わったことだし、俺らとスマブラやろうぜ!」

「え!スマブラ?やりt「ダーメ」」


崇嗣からのスマブラ大会の誘いを土萌先輩が遮る。ちょ!何してやがるんですか、先輩!
ええー!と反論すると、ジロリと一睨みされ、腕を掴まれた。

(え?)

「お、おい!名前!」

「名前はテストの復習があるの。邪魔しないでくれる?」


それだけ言うと、呆ける崇嗣をその場に残し、土萌先輩は私の腕を掴んだままスタスタと歩き出した。



連れてこられた所は やはり図書室だった。
試験後の図書室は人もまばらで、いつもより静寂な雰囲気が漂っていた。
土萌先輩は窓際の席に私を座らせ、自分も向かいに座った後、私の鞄からおもむろにテストを取り出した。


「ぎゃ!何するんですか、先輩!」

「何・・・って、間違えたところの復習だよ。これやらないと、名前、また順位落とすよ?」


口を尖らせて渋い顔をする私を他所に、先輩は席を立って書架の一列に入っていく。しばし待つと先輩は英語の科学雑誌を小脇に抱えて戻ってきた。


「ほら、手が止まってるよ。早く問題を解く!」

「は、はいっ!」


問題も解かずに先輩の動作ばかり目で追っていた私は、慌てて答案用紙に向かう。先輩は雑誌のページをぱらぱらとめくり、記事を読み始めた。
私は教科書や参考書、授業で取ったノートを片手に、間違えた問題をやりなおしていく。
5教科分の見直しと復習は、結構な労力と時間がかかった。

国語と数学を終え、歴史の見直しを折り返したところでひとまず休憩することにした。
凝り固まった背中を伸ばすため、背もたれに荷重をかけた。


「ん〜〜っ!疲れたなぁ、、、って、わあ!?」


かけすぎた荷重でバランスが崩れ、視界が天井を向く。
放りなげられたシャープペン、これは、、、、落ちる。


(・・・!!!)


私はやがてくるであろう痛みに全身に力を籠めた・・・・が、なかなかその刻は訪れない。
恐る恐る目を開けると、倒れてはいるが、途中で止まっている。
その代わり、自分の斜め左、間近に人の気配を感じた。


「!!!!!」


顔を横に倒さなくても判別できる距離に 土萌先輩の顔があった。
寸でのところで背もたれごと受け止めてくれたらしい土萌先輩は焦ったような表情で私に文句を浴びせた。


「〜〜っ!もう!危なっかしくて見ていられない。どうして君はそうなのさ!?」

「ひい!ご、ごめんなさいっ!!!」


先輩に怒られるのはもうこれで何回目だろう。月子先輩が私の学力アップのために推薦してくれたのが土萌先輩。推薦に叶うだけの頭脳明晰ぶり。しかも容姿端麗ときているが、私の第一印象は最悪だった。

「何で僕が月子以外の子に勉強をおしえなくちゃいけないのさ」

錫也先輩や哉太先輩は「羊は誰に対してもこうだから気にするな」と言ってくれたけど、初対面であの言葉は流石に傷ついた。
今もその傷を引きずっている。


ぐずぐずしていて嫌味を言われるのは回避したくて、さっと椅子から下りて立ち上がり、椅子を直して勉強しなおそうとした。
すると下方から私の制服を引っ張られた。


「ねぇ、自分だけ起き上がって 君を助けた僕に手を貸してはくれないの?」

(・・・・・えっ!?)


一瞬耳を疑ったが、そう言われた私の体は頭がついて来る前に先輩に手を差し伸べていた。
ぎゅっと手を握られ、ぐいっと引っ張られる。力加減で再びよろけそうになるところを土萌先輩に支えられ、
二人して立ち上がる。今日は土萌先輩に触れる機会が多くて正直、恥ずかしい。


「ほら、さっさと済ます」

「わ、わかってます!」


赤くなる顔を仰ぎながら、私は必死に答案用紙にペンを滑らせた。
閉館時間までになんとか終わらせることはできたが、内容は殆ど頭に入ることはなかった。


「じゃあ、僕は行くから」

雑誌をぱたん、と閉じて書架へ返しに行った先輩は、そのまま出口に足を向けた。


「あっ、あの!!ありがとうございました!!!」

義理でも数時間 私と一緒に居てくれた先輩に感謝の意を述べて勢い良く礼をした。
数秒、先輩はこちらを見て固まったが、ふい、と前を向いて図書館から出て行ってしまった。
先輩が出て行ってから、ようやく緊張がほぐれたのか、私の体は深く息を吐き出した。