天羽翼: キスを阻む最後の砦2


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「おい、さっきの講義に理学部の苗字が来てなかったか?」

「マジかよ!俺全然気がつかなかった!」

「あいつ、超ガリベンなのに、めちゃくちゃ可愛いんだよな」

「可愛いだけじゃないぞ?この前なんて、ペットボトルロケットを自作して、圧力をかけすぎてロケットが暴発した、なんてドジも踏むんだぜ?なんつーか、ギャップ萌えって感じがしねぇ?」



講義が終わり、俺ははっと目を醒ました。授業は見ていたつもりだが、ヘッドフォンをしていたせいでいつの間にか眠ってしまったらしい。
隣で俺に教科書を見せてくれた子は、既に退席していて、教室内の生徒もまばらだった。
大きく伸びをして、自分も次の講義へ向かおうとした時に先の会話が耳に届いた。


ふうん・・・暴発の原因は、多分お茶のペットボトルを使ったのかもな。炭酸のペットボトルは圧力が均等にかかるように作られているからな。

俺はそんなことを推し測りながら、実験に失敗した原因を調べるため、資料図書館へと足を進めた。



この大学の資料図書館へ続くエスカレーターの上り口にはフーコーの振り子が設置されている。かつて地球が自転していることの証明に使われたアレだ。

その振り子の前に、見覚えのある横顔が目に入った。


(あ、あいつは)


特に声をかけなくてもよかったはずだった。だけど、さっき教科書を見せてもらった義理があるし、無視をするのは寝覚めが悪い。



「なぁ、何してるんだ?」



俺の言葉にその表情が一瞬こわばった。ゆっくりとこちらを向く表情は更に硬くなっていた。
ぬ、そんな顔されると俺、どうしたらいいかわかんないぞ?




工学部の講義が終った後、名前は逃げるようにここへ来た。以前、科学教室へ参加した時、その会場の科学館に設置されていたフーコーの振り子。地球が自転している証。
見ているだけで心の波が静まっていくこの振運動に救いの手を求めたからだ。

寄せては返す波のように、一定の速度で動き続けるその球体に 帯びた熱が少しずつ引いてゆく。

もう少ししたら理学部へ戻ろう。そう思い至った時、不意に声がかかった。


それが誰の声かなんて。先ほどまで隣で聞いていたのだ、問いたださなくてもわかる。
私は恐る恐る声のほうへ顔を向けた。



翼も名前も、次の行動に二の足を踏んでいた。初対面に近い彼らは、この重苦しい空気から逃れるためのきっかけを探っていた。



−−−−翼はもっといろんな人と関わらなきゃダメだよ。


そういえば梓がそんなことを言ってたな。梓、俺、ちょっとだけ頑張ってみる。

翼は、ごくっと息を呑んで 未だ表情が冴えない彼女に呼びかけた。



「ク、クラスの奴から聞いたのだ。ペットボトルロケットを打ち上げたことがあるのか?」


「えっ!!!!」



名前の声がホールにこだました。彼女のその頬は見る見るうちに赤みを増し、遂には耳まで真っ赤に染まった。


−−−この前なんて、ペットボトルロケットを自作して、圧力をかけすぎて−−−


・・・しまった。これは彼女の不可侵の領域だったのだ。


(ぬ、ぬわーーー!!俺はどうしたらいいんだ!!)


人付き合いに関しては発明のように首尾よくこなせず、俺は自分に嫌気が差した。
俺は今にも泣き出しそうな彼女に駆け寄って、持っていた本を半ば強制的に押し付けた。



「これっ!ロケットの仕組みが書いてある本!これを読めばちゃんと飛ぶようになるのだ!」



(梓、俺、頑張ったぞ!頑張ったけど、女の子に泣かれるのは流石に困るのだ!)

俺は彼女に目もくれず、物凄い勢いでエスカレーターを駆け上がった。