不知火一樹: シャープなラインの銀縁メガネ5


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差し出された手と、発せられた言葉。・・・・夢を見ているのだろうか。あまりに現実離れしたこの状況を把握できず、私はその場から動くことが出来ない。
いつまでも手を取らない私に痺れを切らしたのか、先輩は「っあーーー!!もーー!!」と叫んで私の腕を掴んで引っ張りあげた。


持っていたお皿がカラン、と音を立てて床に転がる。


引き寄せられた反動で、不意に先輩の胸に飛び込む形になってしまった私は、ぼんっ!と一気に顔から火を噴き、固まってしまった。
そんな私に構うことなく、先輩はニヤリと口端を上げ、「行くぞ」と告げると、私を連れて会場へ戻る。

不知火先輩の帰りを待っていた青空先輩からマイクを受取り、私を抱えたまま それは楽しそうな表情を浮かべた。


「よーし!じゃあ踊るか!年に一度の祭なんだ、お前らも楽しめよ!」


不知火先輩が青空先輩にマイクを返す。未だ状況が掴めない私に 青空先輩が微笑んだ。

「よかったですね名前さん。会長も・・・楽しんでくださいね」

意味ありげな言葉を残して壇上へと戻って行く青空先輩をみていると、私を抱える腕に力が篭った。
反動で先輩を見上げると、先輩は面白くなさそうな表情で青空先輩を睨みつけている。


「颯斗のやつ、名前に色目つかいやがって・・・」


一瞬聞き間違いかと思って思わず「えっ」と声を出してしまった。



「えっ!?じゃねーだろ!」



向きを反転させられ両腕をつかまれグッと引き寄せられる。互いの息遣いが感じ取れるほどの距離に心臓がはちきれそうだ。



「名前、俺のものになれ。」



突然の甘い宣告、目の前には憧れの不知火先輩。近すぎる互いの距離に私はもう堪えられなかった。
逃げたい一心で体を捩って先輩の腕の拘束から逃れた。はずみで胸ポケットから眼鏡が落ちた。


「あっ!」


そのまま逃げればよかった。でも逃げられなかった。だって先輩の眼鏡を割ってしまったと思ったから。

一瞬だけ足を止めて振り返った私の自由を、先輩の両の腕が奪った。



「バーカ。・・・誰が逃がすかよ。」



そう言い放つ先輩の体から、紛れも無い熱情が伝わってきて。すこし顔を上げた先輩の顔には、さっき落としてしまった眼鏡がかけられていて。
眼鏡の奥に揺れる瞳は情を孕んで私の理性という箍が外れるのを待っていた。



もう、だめだ。隠し切れない。


「・・・好き、です。 私は不知火先輩が好・・・」



最後の言葉は先輩の中に消えてしまった。

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