青空颯斗: サングラスの奥のその瞳


その人は夜が似合う。

月夜に浮かぶ見目麗しい立ち姿。どこか浮世離れした儚さを感じさせつつも、
物静かな本人の雰囲気もあってどこか神秘的で妖しく、他を魅了して止まない。


その人は夜が似合う。

後に気づいた事だが、その見解に間違いは無かった。事実 彼は夜の住人であり、一族の王であった。

陽の光がまだ残る夕暮れ時まで、美しい常夜の瞳はサングラスによって隠される。
夕暮れ時なのに見えるのかと彼に問えば、「見えなくていいものもあるでしょう?」と詩人のように語るのだ。



バイトが終わり、同僚に挨拶をした私は通用口の扉を開けた。外気がすうっと流れ込み、熱気をもった私の体を優しく撫でた。
季節は秋。そろそろ薄手のカーディガンが恋しくなる頃。やや明るい街並みに気づき空を見上げると、夜空に煌々と輝く白い月がその存在を主張していた。

女性の夜の一人歩きは危険だと皆から言われているけれど、今日は月が見守ってくれている気がする。バイト仲間の見送りは断って正解だった。
私は半ばうきうきした気持ちで、家への道を楽しみながら歩いた。


私の家は小高い丘の上にある。部屋からの眺めはそれは最高で、花火大会の日などは、友人達が物見遊山にこぞって家へ押しかけ、花火を見る会が勝手に催される。
家への坂道を上りつつ、月光に照らされた美しい街並みを楽しんだ。ああ、今日はなんて素敵な夜なんだろう。きっといい夢が見られる気がする。

・・・満月は天体的なエネルギーが強まっていく作用がある。この波に逆らうと、普段起こさないような間違いをしてしまうことがあるらしい。

後に、今日の自分の判断が、間違っていたのではと思慮を巡らすようになるとは思っても見なかった。



「こんばんは、美しいお嬢さん」



優しいトーンの声がして、街並みから意識を離した。・・・確かに今、声がしたはずだ。それも男性の。
しかし、周りを見回しても、それらしき姿は見当たらない。


(空耳か、、、、私、疲れているのかな。うん、今日はいつもよりお客さんの入りも多かったし・・・)



「おや、そうだったんですか?それは大変でしたね。体温が高いのはそのせいでしょうか?」



ひやっと首筋に触れる感触にハッとして振り向くと、薄い色のサングラスをかけた柔らかい表情の長身の男性が小首をかしげて私に微笑んだ。


いつの間に私の傍まで来ていたんだろう?

というより、気配に気が付かなかった。

さっき、見回したのに人の影なんて何処にも見当たらなかった。



「大丈夫ですよ。・・・今は何もしませんから」



私の首筋から離した手を頬へ伝わせて、私を覗き込むように彼はそう言った。
「今は」何もしないって・・・ていうか、私、さっきから一言も喋って無いのに、どうしてこの人は、

そう頭の中で語った私に、彼の人差し指が私の唇に触れる。



「・・・やっと見つけましたよ、僕の麗しい人。ようやく巡り合えた運命の絆を、二度と手放さないと約束しましょう」



彼の言葉を聞き終わらないうちに、体から重力が奪われ、視界が回転する。
名前も知らない彼にお姫様抱っこをされ、周りの景色が色しか判別できないほどのスピードで私達は”跳んで”いた。


何処へ行くの?という言葉は彼に呑み込まれ、
私はどうなるの?という不安も彼から与えられる悦楽に脳髄から溶かされる。


程なくして辿り着いた場所は古びた城の様だった。

外観の古さと反して内装は随所に手入れが行き届いており、懐古主義な調度品にも目を奪われた。
そんな私を寝室のベッドに横たえて、その目を覆うサングラスを外して 彼は三度微笑む。
その微笑みは、私から意思や行動を奪い去る毒となるのだ。


「僕は待っていたんです。名前、あなたという人を。後悔はさせません。さあ、僕と共に永い時を僕と共に生きてください・・・」


彼の瞳の奥を見た途端、私の口から承諾の言葉がこぼれる。

誓いの牙が、私に穿たれた。