第四十五羽 必ず、この手に

「翼、行くよ?」

「うぬ」


セキュリティチェックのゲートの前で振り返った俺に、梓が声をかけた。


俺達はこれからアメリカに旅立つ。


表向きは自分の夢を叶える為。俺は宇宙工学者を、梓は宇宙飛行士を目指すため
高校卒業後は、宇宙開発の本場であるアメリカへの留学を決めた。

慣れ親しんだ日本に別れを告げるように、ゲートの中へ足を進める。
無機質なタイルを踏みしめるこの一歩が、あの日に失われたものを取り戻すための
長い道のりの始まりだった。


---

「・・・ぬいぬいは こうなることを知っていたのか?」


あの日、俺の前から彗が居なくなった日。
自分の無力さに肩を落としながら、背後のぬいぬいに声をかけた。
ぬいぬいは、ただ一言、ああ、と答えただけだった。

数日後、昴も星月学園から何処かへ身柄を移された。



1年宇宙科と天文科の教室では、成宮兄妹は諸事情で急遽転校する事になった、と生徒達に説明がされた。
二人の座っていた机が、寂しげに事実を物語る。

一年生の中で、彗や昴が居なくなった本当の理由を知っているのは俺だけだ。
昴の転校の話を聞いた梓が、何かに勘付いて俺に話しかけてきたけど、とても反応できる状態ではなかった。

梓まで、あの事件に巻き込む事は、無い。



生徒会活動にとても心血を注ぐ気にもなれず、すっかり無気力になってしまった俺は、授業終了後、
当たり前のように寮へ帰ろうと教室を出た。


「待て。どこへ行く気だ?」


背中越しに聞こえる相変わらずな俺様な声に、こんな時まで、と思わずため息が出る。
構わず歩き出そうとすると、むんずと襟首を掴まれた。


「・・・離せぬいぬい。今はそんな気分じゃないんだ」

「だろうな。だが、今日で何日仕事をサボっている?お前の仕事が進まないと困る奴らが大勢居るんだが」

「そんなの、ぬいぬいとそらそらがやればいいだろ」


あの日の事もあり、ぬいぬいが信じられなかった俺は、半ば八つ当たり気味に答えた。


「お前じゃなきゃダメだ。お前じゃなきゃ取り戻せない、そうだろ?」

「・・・意味がわからない」

「とにかく来い!話がある!」

「ぬわ!離せぬいぬい!」


俺より小さいくせに、俺の襟首を掴んだまま、ずるずると生徒会まで俺を引きずっていくぬいぬい。
どこにそんな力が秘められているのか不思議だ。


生徒会室の扉を開けたぬいぬいは、俺を室内に放り投げた。
咄嗟の事に受身が取れず、俺は顔から着地してしまった。・・・鼻の頭が痛い。若干擦りむいたようだ。
これまでの仕打ちに文句の一つも言ってやろうと後ろを振り向こうとした途端、


「やっと来てくださったんですね、翼君」


やんわりとしたトーンの声が俺の怒りを瞬時に半減させた。
ハッとして顔を上げると、手を差し伸べているそらそらが目に入った。


「大丈夫ですか?ああ、鼻を擦りむいていますね。月子さん、すみませんが翼君を診てあげてください」

「うん。大丈夫?翼君。・・・まったくもう、一樹会長は扱いが雑すぎるんですよ」

「今まで放任してやっていたんだ。これくらい当然の報いだろ?」

「「そういう問題じゃありません!!」」

「うっ・・・」


二人に痛い所を突かれてたじろいだ不知火を尻目に、月子は翼の治療を、颯斗は翼に向き直って話し始めた。


「ここへ来て頂いたのは、他でもありません。今一番翼君が知りたいことをお伝えするためです。
 勿論、その後は溜まった仕事を片付けていただきますが」

「ぬ! それって、彗の事か!?」

「ええ。・・・と言っても、現在星月学園が知り得ている情報のみですが」


翼にとって、一番知りたいことは彗の身の安全と居所である。たとえ答えにたどり着かない情報でも、今の翼にはどんな情報も知っておきたかったのだ。


「どんなことでもいいんだ! 早く教えてくれそらそら!」


颯斗の発言に身を乗り出そうとすると、


「はい、翼君。治療終わり」


月子が救急箱を閉じてにっこり微笑んだ。自分の気持ちばかり急いていて、治療をしてくれていた月子の事をすっかり忘れていたのだ。


「ぬ、書記ごめん。俺、自分の事ばかりで、」

「ううん、いいの。ただ、無茶はしないでね? 翼君が怪我なんてしたら彗ちゃんが一番悲しむと思うの。だから、ね?」

「う、うぬ・・・」


叱られた子犬のように、しゅんとなり肩を落とした翼だったが、言いにくそうに口を開いた。


「な、なぁそらそら、さっきの続きだけど・・・」

「はい。その事ですが、」


颯斗が続けようとした時、不知火がそれを制した。


「その前に、だ。彗の情報を教えるには条件がある」

「なんだよぬいぬい! 俺は今、そらそらと、」


会話に水を差され、苛ついた表情で不知火を見上げると、


「黙って俺の話を聞け!!」

「っ!」


今までとは違う真剣な表情で一蹴され、翼は反射的に言葉を失ってしまった。
一切おちゃらけの無い不知火のその表情に、先ほどまで聞こうとしていた事実が尋常ではないことを肌で感じていた。


「いいか、翼。お前も会ったあの男たちは政府からの使者だと言っていた。俺たちが水面下で調べ上げた情報は、
 もはや俺たちで解決できる程のレベルじゃない。手に負えないんだよ」

「だからって! このまま彗や昴を放っておけって言うのか?」

「そんなことは言っていないだろう? 俺達だって心配している。だけど今は星月学園も監視されていて、下手な動きを起こせば即留置所行きだ。悔しいが時期を待つしかない」

「時期っていつだよ? そんなに長くなんてとても待てない!」

「だったら不知火が言おうとしている条件を呑むんだな」


緊迫していく雰囲気の中、違う声が場の空気を乱した。


「・・・素足隊長」


生徒会室のドアにもたれかかる態度とは裏腹に真剣みを帯びた星月の視線は、全員の体を無意識に強張らせた。

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