第四十四羽 お願い、まだ連れて行かないで

これまでよりはっきり聞こえたその「声」
幼いころ、空から振ってきた友達による力。

うっかり使ってしまった「力」に、体が本能的に危険を察知していた。

爆発の瞬間と爆発の波及範囲から、昴を伴ってその身を守ることができた。
その場に居た人から見れば、翼の発明品から聞こえてきた警報に彗がいち早く反応して
難を逃れただけと思われるかもしれない。


その場の事だけで済めば、彗がここまで心配する事はないのだ。

彗の青ざめた表情に、昴は、ハッとする。
二人の脳裏には、十数年前のとある事件がフラッシュバックしていた。


---

「・・・どうしたのだ?」


控えめに心配する声に、二人してハッとした。
そこには、先生にこっぴどくしかられた後の天羽が申し訳なさそうに眉を下げて俺たちを覗きこんでいたのだ。
後ろには木ノ瀬の姿も見える。


「あっ・・・ご、ごめんね! ちょっとびっくりしちゃっただけで。うん、大丈夫だよ!」


彗はぶんぶんと手を振りながら明るい笑顔を向けた。
俺は ふーっと長く息を吐いて、いつもどおり眉間にしわを寄せながら三人を眺めていた。

どこで誰が見ているかわからない。感のいい奴が気づくかもしれない。そんな可能性を否めない今、
俺と彗は その日一日、平静を装うのに必死だった。



俺は週に一回、星月学園での日常を報告するため、両親と定期的に連絡を取り合っている。

曜日は特に決めて居ないが、週末がまとめて報告しやすいため、だいたい金曜日に電話をしている。
できれば、今日起きた事を今すぐにでも両親に伝えておきたいが、今このタイミングで連絡を取ると
怪しまれるかもしれない。そんな些細な事でさえも気になってしまうのだ。

十数年前のとある事件は、今も俺たちの生活を脅かし続けている。星月学園の中に、監視者が居ないとは限らないのだ。
はやる気持ちをぐっと抑え、明後日に迫る金曜日を待った。




「・・・ふぅ」


天文科の教室で、本日何回目かのため息が響き渡った。

昴とは違い、感情をうまくコントロールすることができない彗は、内に秘めた事の大きさに
ため息を付く事で心を落ち着かせようとしていた。
しかし、学年唯一の女子がため息をつく事は、男子たちにはすぐに異変として見られ、
彗が何かで悩んでいることは手に取るように見て取れた。


「はい、十一回目」

「え?」


その声に気づいて隣を向くと、くすくすと笑いながらこちらを見る小熊君と目が合った。


「え、何? 小熊君」

「どーしたの? 成宮さん。もしかして天羽くんとうまくいってない?」

「へ?」


すっとんきょうな反応を示すと、小熊君はにっこり笑って少し身を乗り出して来た。


「もし天羽くんにいじわるされたり、嫌われたりしたら、いつでも僕んとこおいでよ」

「ええっ!?」


小熊君のキャラからは想像できないような発言に驚いておもわず椅子ごと後ずさった。
クラスメイトたちも同様に驚き、水を打ったようにしん、とした教室内。
それも束の間。クラスメイトたちも小熊君に負けじと彗に迫った。


「成宮さん! 俺だって成宮さんの事!」

「僕だったら、成宮さんにそんな顔させないよ!」

「何いってるの君達。・・・成宮さん、さあ僕の胸に飛び込んでおいで」


ぎゅうぎゅうと おしくらまんじゅう状態の天文科一同に、水を差す様な教師の声が飛ぶ。


「おーい、お前ら授業を始めるぞ! 席に付けー!」


ちぇー、と残念そうな生徒たちの声が飛び交う中、担当教師の陽日が渦中の彗に声をかける。


「おっ、成宮。今日は一段とモテモテだな! うんうん、青春だなぁ!」

「は、はぁ・・・」


モテモテという死語に内心がっくりしながらも、曖昧な表情をするしかない彗だった。




---

なんとかその日の授業をこなした彗は、思い足取りで寮へ向かっていた。

結局他のクラスの男子からも言い寄られ、月子達2年生からも心配されたのだ。
同学年のみんなはともかくとして、月子先輩達にまで申し訳ない気持ちで一杯だった。

がっくりと頭を垂れながら、茜色の空の下をとぼとぼと歩く。

すると、おーいという聞き覚えのある声と共に、忙しない足音が聞こえてきた。

のろのろと振り向くと、声の持ち主はやはり翼で、やっとみつけたという表情で息を切らせて駆け寄ってくる。


「彗! や、やっとみつけたのだ!・・・っはぁ、ぜい・・・」


宇宙科の翼がここまで息を荒げるのは珍しいな、と彗は頭のどこかで思った。
毎日ロードワークをこなしていて、体力はスーパーサ○ヤ人並みのはず。そんな翼がどうして、と
小首をかしげながら翼をじっとみつめていると


「授業が終わって、速攻で天文科に行こうとしたら昴に止められるし、なんとか昴を振り切ってみたら、
 今度はぬいぬいに捕まって、今は彗に付き纏うなって言われるし・・・一体なんなのだ、もう!」

「あちゃー、そんなことがあったの? それは災難だったね。」

「本当なのだ。なぁ、いきなりだけど ここのところ元気がないってホント?」

「うっ・・・」


いきなり的を突かれて言葉を詰まらせると、隠し事はよくないぞ?と言いながらずいと迫られた。
ちょっと、近い!近いから!


翼の迫力に押されながら、じりじり後ずさっていると、どん、と誰かにぶつかった。
あっ、すみませんと 謝罪の言葉を言う間もなく振り向かされ、いきなり両手首を捕まれた。


「え?」 「ぬ? おっちゃんたち、誰だ?」


彗や翼の言葉にはまったく動じず、黒服の二人組の男が彗の手首を掴んでいる。
全く状況が掴めない二人の後方から、よく聞きなれた声が飛んできた。



「・・・お前達、そこで何をしている」



翼と二人して振り向くと、そこには不知火会長、四季先輩、昴、そして琥太郎先生がこちらを睨み付けるようにして立っていた。
昴にいたっては、かなり息を切らせているようだ。


先生の言う、『お前達』というのは、どうやら自分達の事ではなく、この二人の男達のようだ。


え、と彗が言葉を発する前に黒服の男達が表情を変えずに言い放つ。



「先日、我々のレーダーに とある電波が検出された」

「電波の受信先の座標は、ここ、星月学園1年宇宙科の教室内だった。・・・この兄妹を匿っていて意味が理解できないとは言わせないぞ?」



彗と翼を挟んで、両者が緊迫した空気の中 対峙する。そのうち、彗もわずかな可能性に肩を震わせた。



「・・・ふふ、このお嬢さんは理解したようですよ?」

「は? 彗? 何を理解したんだ? 状況がよくわからないぞ?」

「とにかく、ここは星月学園の敷地内だ。勝手な行動は慎んでもらおうか」



琥太郎先生が一歩前に出て、彗をこちらによこせという手振りをみせる。
だが、黒服の男達は動じない。



「我々は政府からの要請でここに来ている。よろしければ令状もお見せしますが?」

「・・・令状まで出ているのか。お前達にしては用意周到だな」

「我々もこの10年間、何もして居なかったわけではないのですよ」



琥太郎先生の手詰まりが近い事を予測した黒服の男達は、彗の手首を持ち上げ、ひょいと肩に担ぎ上げた。



「きゃあ!」

「ぬわ! おっちゃんたち、彗に何するんだ!」



彗を担ぎ上げた男に翼が食い下がる。もう一人の黒服の男が翼を押さえ、翼に言い放った。



「離せ! さもなくばお前を公務執行妨害で連行してもいいんだぞ?」

「ちょっと何それ! そんなことやめてよ!」



掴み合っていた翼と黒服の男を制するように琥太郎先生の声が響き渡る。



「やめろ!!!」



先生の後方では、不知火会長や四季先輩が顔を歪めて唇をかみ締めていた。
昴に至っては、がくりと肩を落としてしまっている。



「・・・これ以上俺の生徒に手を出すな」

「ようやくご理解いただけたようですな。この娘は我々が保護します。それではこれで」



その声と共に、翼が突き飛ばされ不知火会長が翼に駆け寄る。



「嫌! 離して! 助けて翼! 昴!」

「彗を連れて行くな! 何で連れて行っちゃうんだよ!?」

「翼! やめろ!」



連れ去られる彗を取り戻そうと、翼が起き上がって走り出そうとした。
不知火会長が翼を羽交い絞めにして、その動きを止める。



「離せぬいぬい! このままじゃ彗が連れてかれちゃうのだ! 彗−−−−−−−!!!!」



遠ざかる黒服の男達。
夕暮れの構内に翼の声が力なく響き渡った。

[ 45/47 ]










「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -