第四十一羽 言葉を交わさない代償

「彗!」

「えっ・・・! あ、木ノ瀬くん」

「こんな遅くに何してるの? 昴は?」


彗の兄の名前を口にしたところで、彗が抱えているぬいぐるみに気がついた。
翼のくまったくんだ。


「くまったくんじゃない。どうしたの、それ」

「天文科の私の席に置いてあった」

「え、何で?」

「私が聞きたいよ。翼に電話をかけたけど、着拒されてて繋がらないし」

「・・・は?」


彗にあれだけ懐いていた翼が、彗の携帯を着拒?

何が起きているのかはわからないが、少なくとも 今の状況が僕にとって有利な事は確かなようだ。
でも、何故かひっかかるものを感じて 諸手を挙げては喜べなかった。

そんな気持ちは彗に悟られたくない。僕は気持ちを隠すように軽口を叩いた。


「へぇ、翼に振られた訳ね。じゃあ、僕も遠慮なく彗にアタックできるってことか」

「ごめん、今は木ノ瀬くんの冗談に付き合っている余裕はないの」

「冗談じゃないよ。いっそのこと、僕に乗り換えたら?後悔はさせないよ?」

「嫌だよ。私は翼がいい」

「・・・じゃあ、その翼は何で彗を拒絶してるの?」

「それ、は・・・」

「ほら、答えられないんじゃない。話にも取り合ってもらえないんでしょ?望み薄だと思うよ?」

「そ、そんなことないよ!どうしてそんないじわる言うの!?」


僕からのアプローチには反応を示さないくせに、翼のこととなるとここまで感情を顕わにする。
そんな彼女に苛立った僕は、その目にいっぱいの涙を溜めた彗の手を掴んで歩き出した。


「ちょ、木ノ瀬くん、てば!どこ行くの?」

「いいから」


彼女の歩くペースをわざと無視して歩いた。そのせいで時々つまづきそうになる彗。
彼女が可哀想だと思う気持ちよりも 彗の翼への好意が憎らしく先行し歯止めがきかない。


もやもやした気持ちを抱えながら、たどり着いた場所は中庭。
そう、翼と彗が初めてお互いを予言の相手だと認識した場所。

二人にとって、大事な場所だ。


「!!・・・木ノ瀬くん、ここ、」

「そ。ここでいつも逢引きしてるんでしょ?翼と」

「あ、逢引きなんか! そんな疚しいものじゃないよっ!」


その言葉とは裏腹に、暗がりでもわかるくらい 顔を真っ赤にして反論する。
ばかだね、そんな顔して。・・・肯定したようなものじゃない。


ズキンと痛む、胸。


・・・はは、僕も大概情けない。翼を想う彗の表情を見ただけで、こんな気持ちになるなんて。
もう、十分彼女に捕らわれているじゃないか。
小さく息を吐いて視線を横に送りながら一人、苦笑いする。


「・・・翼に拒絶されているのなら、僕に縋ればいいじゃない。僕なら拒絶したり逃げたりしない。
全て受け止めて、今すぐに可愛がってあげるのに。」

「やめて!どうせまたからかってるだけなんでしょ?」


弓道場で彗に迫ったとき、彼女は寸でのところで翼の名前を呼んだ。
そんな目に遭ってまで翼の事を想うなんて。
着信拒否されたと言った時の表情が痛々しかった。・・・そんな顔はさせたくない。彗にはいつも笑っていてほしいのに。


「違うよ」

「えっ!?」


僕は前に進み出て彗の髪を撫で、彼女の襟足の髪を掬った。
弓道場での情景が思い出されたのか、彗はびくっと体を強張らせた。


「僕は最初から彗をからかってなんかいない」

「嘘!木ノ瀬くんの行動は、私をからかったものばかりだったよ?初対面なのに急に迫ってきたり、
携帯に細工したり、きゅ、弓道場に連れ込んだり、今だって・・・!」

「それは、」


彼女の髪を掬っていた手を背中に回し、静かに引き寄せる。
もう片方の腕で、彗を閉じ込め、その存在を確かめるように胸に抱き寄せた。


「えっ!!ちょ、ちょっと!木ノ瀬く・・・」

「黙って」

「でも!!」

「いいから。・・・今だけは、こうさせててよ」



その言葉を口に出した途端、彗がぴくりとも動かなくなったのだ。
僕の本音を知って大人しくしているのか、ただ固まっているだけなのかはわからない。


僕は体全体で、彗の存在を確かめる。
だた、抱きしめているだけだが、愛おしさが募り僕の心が満たされていく感覚を覚えた。
それだけの行為で、ずっとこの胸にしまっておいた想いが こんな簡単に漏れ出してしまうなんて思っていなかった。


本当に情けない。彗の前では、いつもの僕じゃいられないらしい。


しばらくして、腕の力を緩めた僕は、俯いたままの彗を覗き込む。
彼女は僕の制服を軽く掴んだまま、俯いていた。


「・・・彗?」


呼びかけてみたが、返事がない。
首をかしげてその表情を垣間見ると、彼女は視線を右往左往させるだけでこちらを向こうとはしなかった。


「・・・何?照れてるの?」

「っ!違! こんなことされたら恥ずかしくなるに決まってるじゃん!」

「うわ、彗、顔 真っ赤だよ?」

「っ、う、うるさいなぁ! これは不可抗力であって、決して、」


ガサッ


彗がようやく顔を上げて、僕と目線を合わせた瞬間、近くの茂みから何かが動く音がした。
二人でその音の方角へ顔を向けた。


「「!!!」」


そこには、唇を真一文字に結んで、今にも泣き崩れそうな表情の翼が居た。

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