第三十六羽 異方向からの誘い

「おーい、成宮! 成宮ってば!!」


生徒会のメンバーと別れ廊下を歩いていると、陽気な声が遠くから聞こえてきた。
この声は、天文科2年の担任教師である陽日先生のものだ。

陽日先生に会うと、私はかなりの確率で頼まれごとをされるが、それは大概歓迎しないものなので、不機嫌丸出しの顔で振り向く。
満面の笑みを湛えた陽日先生が手をぶんぶん振りながら走ってくる・・・廊下は走っちゃいけませんよ、先生?


「っとお! どうした? そんな顔して」

「・・・こんな顔で悪かったですね。で、何か用ですか?」

「ああ、そうだった! 成宮、お前に頼みごとがあってな!」

「嫌です」

「だー! まだ何も言ってないだろー! とりあえず聞いてくれよ!」

「じゃあ、聞きますが了承はしませんよ。何ですか?」

「(・・・・・・)去年インターハイに出場したサッカー部の手が足りなくてな、お前、マネージャーやってくれないか?」

「だが断る」

「そこを何とか! な! 頼む!」

「話は聞くけど、了承はしないって言いましたよ? ・・・っ、言ったんですけど(涙目)」

「・・・お? おい成宮、ど、どうしたんだ!?」


先ほどの放送室での一幕が思い出されて悔し涙が滲む。鼻がツンとする感覚に、声が上ずった。


「女子が少なくて好奇な目で見られることはわかりました・・・だからって賞品扱いしなくたっていいじゃないですか」

「あー・・・、さっきの放送のヤツか。なるほどなぁ・・・」

「わかってくださるなら、しばらく放っておいて下さい」

「それはダメだぞ! 悩み事は誰かに話して皆で解決が一番だ! というわけで、保健室行くぞ、保健室!」

「ちょ、なんでそうなるううううううううう!!!!」


私の叫びをものともせず、私は陽日先生に保健室へと連行された。背がチビでも、そこは大人の男性。力では敵わない。
ずるずる引きずられていく間に、先生が話す言葉は私の中に沁みこんで、保健室に着く頃には、平常心を取り戻していた。
・・・・・・こういうところは流石教師。生徒を宥める方法を知っている。


「琥太郎せんせー、居るかー?」


まるで自分の部屋に入るように、何の躊躇も無く保健室のドアを開ける先生。
取り込み中だったらどうするのだろう、とか考えてしまった自分が正しいのか間違っているのかわからなくなってきた。


「ノックぐらいしろ、直獅」


机に向かって珍しく仕事をしていた琥太郎先生が呆れた口調でこちらに視線を向ける。


「おっとゴメンゴメン。あ、そうだ。今日は迷える子羊を連れて来たぞー!」


琥太朗先生の言葉も馬の耳に念仏。目をキラキラさせて「なー?すごいだろー?」的な表情で琥太朗先生に話しかける陽日先生。
その様子にフッと顔を緩めた琥太朗先生がこちらに向き直って陽日先生を見上げる。


「・・・何度も言うがここはお悩み相談所じゃないんだぞ?直獅」

「いいじゃんか!かわいい教え子が困ってるのを俺は黙って見過ごせないんだ!」

「だったら、そういうのは進路指導室か職員室でやれ」

「あんな堅苦しいところで話せるかよっ!お互い息が詰まって話せないだろー?」


琥太朗先生は、陽日先生の隣に居る私に一瞬視線を向けたが、すぐ手元の書類に目線を戻した。あれ?興味ない?と小首をかしげた私に「成宮、茶を淹れてくれ」とお申し付けになった。


「おっ、成宮、俺のも、なっ!」


・・・・・・本当にこの学園は自己中な、いや、個性的な人ばかりだ。



---

3人でお茶をすすると琥太朗先生と陽日先生の動きが一瞬止まる。


「・・・・うまいな」 「本当だな!うまいぞ成宮!」


茶葉をあまり蒸らさなかったから美味しくないのかと心配していたが、意外にも好評だったので、その声にはぁどうも、と肩をすくめて返事を返した。
普段どんなお茶を飲んでいるのか気になったが、今はそれどころじゃない。マネージャーについてですよ!


「で、あの〜・・・マネージャーについてなんですが、」

「おう!そうだったな! 何だ? 成宮はマネージャーやるの、嫌か?」

「嫌とかそうじゃなくて、ですね!」

「直獅・・・お前、また強引に押し付けたんじゃないのか?」

「な、違うぞ! サッカー部の奴等、困ってたし、成宮も沢山の生徒と顔見知りになった方がいいと思ったし、何より部活は青春だからな!」

「青春って言葉で何でも片付けるのやめていただけませんか、先生」

「そうだぞ、直獅。・・・だが、自分の殻に閉じこもってるより、外に出て活動した方が余計な事を考えなくて済む。非行防止に効果ありだな」

「だろ〜?思いっきり今このときを楽しまなくていつ楽しむんだ?青春は一度きりなんだぞ?ってことで、今からサッカー部に行くぞ!さぁ行こう!」

「えっ、ちょっと、先生!?・・・って、引っ張らないで下さいいいいい!!」


陽日先生はまだ話も終わっていないのに、無理やり話を打ち切って私の手を引っ張って保健室を出て行った。


「おーい、お前ら、入り口のドアは閉めていけよ?」


遠くで琥太朗先生声がした時には、陽日先生はすでに保健室から歩き出していて、ドアは人の出入りを知らしめるかのように開いたままだった。



---

「というわけで、今日からサッカー部のマネージャーを 引き受けてくれることになった成宮だ。皆、仲良くしてやってくれ!」


・・・ちょ、先生!?、引き受けてくれるってなんですか!? いつ私が引き受けます、って言いました?

これは策略だ! 陰謀だ! 横暴だ!
一人、百面相をしていると 目の前のサッカー部員が微動だにしない。


「「「「・・・・・・」」」」


・・・・・・あれ、どうした?


「お、おい。お前ら?」


心配になった陽日先生も部員達に声を掛ける。


「・・・・・・い」

「「い?」」

「「「「「ぃよっしゃあああああああ!!!」」」」」


!!!


うわあああああ!!び、びっくりしたっ!!


さっきまで固まっていたサッカー部の面々から歓喜の雄叫びが発せられた。近くまで耳を寄せていたから、耳がぐわんぐわんする。
そんなに喜ぶほどマネージャーが必要だったのか、それならもっと早くマネージャーつけれあげれば良かったのに。あ、女子が居なかったね、この学校。


ひとり、うんうん。と考えながら頷いていると ガシッ!と両手を掴まれた。
はた、と目を見開くと、栗色くせっ毛のかわいい顔の先輩が目をキラキラさせてこちらを覗きこんでいた。


「なあ! ほんっっとうにマネージャーをやってくれるのか? やっべーマジ嬉しいんだけど!!」


ぶんぶんとつかまれた手が上下に振られる。男子故になまじ力が強いせいで体も釣られてがくがく揺さ振られ、ちょっとした船酔い状態になる。

ちょ、ちょっと、き、きもちわるい・・・!だ、だれか!

いよいよ視界までが回転しかけた時、頭の中で必死に助けを叫んだ。


「あれ? 彗? こんなところで何してるのさ?」


その声に先輩の手が止まり、私は擬似船酔い状態から開放され、ハッと意識が戻った。


「お。お前、確か・・・夜久と同じ部活の」

「はい。一年宇宙科の木ノ瀬です」


!!!!!!


その声に私はぱっと先輩の背中に隠れる。私の行動に、部活へ向かう途中だったらしい木ノ瀬君の顔があからさまに引きつった。


「・・・ちょっと、彗。それが助けてもらった人への態度なわけ? そして陽日先生、」

「お、おう、何だ? 木ノ瀬」


いかにも助けてやったと言わんばかりのセリフだったので、助けてくれなんて言ってないし!と反論しかけたが、陽日先生に話が振られてしまって言い返すことが出来なかった。
沈黙は肯定っていうし、今ので木ノ瀬君は何かを勘違いしたに違いない。


「弓道部に顔を出さないと思ったら、何故サッカー部に? しかも彗がマネージャーってどういうことですか?」

「こ、これは、だな。成宮にインターハイに出場したサッカー部の手伝いをしてもらおうと思って、」

「インターハイ出場なら、弓道部だってそうです。それに彗は僕の彼女なんですよ?たとえ陽日先生であっても、認めるわけにはいきません」

(はぁ!? ちょ、勝手に決め付けないでよっ!!)

「な! おい、成宮。お前、それならそうと最初に言えよ〜!俺、すっげえKYな奴じゃん!」

「ちょ、ちょっと待ったああああああ!!」


火種は小さい方が消しやすい。ここで誤解を解かないと、私の人生がとんでもない事になりそうで怖い!
月子先輩と一緒に居られるのは至福の喜びだけど、弓道部には木ノ瀬君がいる。近くに居ると木ノ瀬君のペースに巻き込まれそうだから弓道部に入ったら負けな気がする。


「違いますからね!私、誰とも付き合ってません! 木ノ瀬君の言う事は全部ウソです、ウ・ソ!!」

「照れなくたっていいのに」

「照れて無い!というか、木ノ瀬君は黙ってて! 私の人生を危険に晒すつもり!?」

「まさか。むしろ幸せにしてあげるって言ってるのに」

「謹んでお断りします」


相変わらず私の気持ちなど無視でアグレッシブに攻めてくる木ノ瀬君をなんとかかわして、陽日先生とサッカー部の面々に向き直って


「マネージャーの話、お受けします。こちらこそよろしくお願いします!」


と言って一礼した。隣に居た木ノ瀬君はえっ!!といった表情で驚いていたけれど、サッカー部の面々は手放しで大喜びだ。
皆が喜ぶ様子を見て、嬉しくなった瞬間、横から結構な力でぐいっと腕を引っ張られた。


「ちょっと来て」

「えっ!?」


腕を引く主は木ノ瀬君。ちょっと何するの!という表情で睨みつけたけれど、逆にこちらが怯んでしまったほどに木ノ瀬君の表情は怒りに満ちていた。
掴まれた腕が地味に痛い。私はそのまま、木ノ瀬君にされるがままに弓道場へ連行されるのであった。

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