第三十五羽 星詠みに助けられる
「あー!もう、ムカツク!」
未だ収まらぬ腹の虫のせいで、放送室を出て教室へ向かう足取りに力が入る。
私は星月学園に入ってからあまり怒ったことが無く、そういう表情をあまりみせなかったので、すれ違う人たちは皆、ぎょっとしている。
放送室からだいぶ歩いてきた。怒りで注意力散漫になっていたのだろう、曲がり角を曲がる時、スピードを落とさず曲がってしまい、誰かとぶつかってしまった。
ドンッ!
「ってえ!」
「っきゃあっ!」
ぶつかった拍子に私は尻餅をついた。その衝撃に、一瞬目をつぶってしまったが、この声は男子生徒。
次の瞬間目を開いて、私は顔から血の気が引く感覚を覚えた。
目の前に居るのは・・・典型的な不良グループご一行様。出来れば関わりたくないランキングに入る人たちだ。
「あっれー? 一年の成宮彗じゃん? 偶然ー、ラッキー」
「さっき放送で言われてたよな? 体育祭で優勝すれば俺らの願いを叶えて貰えるんだってな?」
「なぁ、そんなまどろっこしいことしないで俺らと一緒に遊ばない?」
あの放送以後、いつかこうなるとは予想はしていたが、覚悟を決めていないのにこんなにも早く実現してしまって心が悲鳴をあげる。
だからといって、守られるだけの何も出来ない女子にはなりたくない。損な性格が、自らの身を危険に晒そうとも。
「お断りします。そこを通していただけませんか」
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成宮彗が放送室から出て行ってから、放送室内の雰囲気が重くなった。
・・・俺のせい? つーか、俺のせいなの?
次々に見える”星詠み”
成宮兄妹のことは、やつらが入学する前から見えていた。
俺とどう関わるかは分からなくても、目をかけてやらねばと思った。
ましてや片割れは月子と同じく、学年唯一の女子だ。
颯斗に言われたように、何かあってからでは遅い。
だから、月子と同じように生徒会に入れて身近なところで見守るつもりだった。
だが、楽しませようと先走った気持ちのせいで、彗を怒らせてしまったようだ。
一人走り去った彼女に何もなければいいが、と思った瞬間、何かが頭の中をよぎった。
背筋を走る悪寒。
俺はすぐさま、目の前のマイクを掴んで大声で叫ぶ。
《成宮彗を取り囲んでいるお前ら! 何してる! そこを動くな!》
叫んだと同時に、俺は放送室を飛び出して彗の元に向かう。
星詠みで見えた場所へ。
後ろから颯斗や翼、月子が俺を追いかけてくる。
・・・さっきまで責められていたはずなのに、もう付いてきてくれる。
なんだかんだ言っても、俺を信じてくれている。
本当に仲間って言うのはいいな。
俺は嬉しさで口の端が釣りあがった。
「待ってろよ! 彗! 無事でいろ!!」
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「っお、おい! 生徒会長だぞ!」
「どこだ! どこから見てやがる!」
「やべえ、ずらかろうぜ!!」
全校放送で流れた会長の言葉に驚いた不良グループは、掴んでいた私の腕から手を離し、蜘蛛の子を散らしたように逃げて行った。
私は緊張が解けたせいで、全身の力が抜け、へなへなとその場に座り込んでしまった。
・・・こ、怖かった!!!
よく昴が言う「絶対単独行動はするな」とか
木ノ瀬君が言った「女子が一人でこんなところにいたら危ないよ」と
いう意味が今やっと分かった気がする。
良くも悪くも、女子生徒が2人だけのこの学園では 私たち女子は「目立つ」ということだ。そして、それを歓迎する人もいれば面白くないと思っていない人もいる。
好奇の目を向けてくる人も沢山居る。
私は行動に気をつけないといけないんだ。
真っ先に教えてくれた昴の忠告も聞かないで行動した私が悪いんだ。
放心状態の脳裏に、遠くから数人の駆け音が聞こえた。
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「彗! 無事か!?」
その声を聞いて、全身がビクッと震え、身構えた。
そこにはさっきまで放送室にいた 不知火会長が息を切らせて立っていた。
「大丈夫か?」
まるで、さっきの一幕を見ていたかのような口ぶりだ。
ああこれは、学園内の監視カメラでも見ていたんだろうと、未だ正常に働かない頭をフル回転させて勝手な想像で無理やり理解した。
会長の後ろから、同じく息を切らせた青空先輩、翼、月子先輩が会長に追いつく。
「大丈夫でしたか? 成宮さん?」
「彗ちゃん! 大丈夫!?」
ガシッ
え。
「彗! 彗! 大丈夫か? どこか怪我は? 何もされて無い?」
翼に至っては、躊躇無く私に抱きついてきた。・・・ちょ! 人前! 恥ずかしいよ!!!
「えっ、あっ、あの、だ、いじょうぶ、です・・・」
しどろもどろに口を開けば、4人とも「はぁ〜〜、よかった〜〜」と息を漏らす。本当にどうしたんですか皆さん?
意味が分からないよ、といった表情で皆を見やるとそれを察した青空先輩が口を開いた。
「会長は”星詠み”であなたの危機を見たんですよ」
え?星詠み?・・・ああ、少し先の未来が見える、ってやつですね。
そういえば不知火先輩って星詠み科でしたよね。それで私の未来が見えたと。・・・本当にカオスな。
「はぁ・・・」
「え、なんで私をみてため息つくんですか」
不知火先輩は私をみて盛大にため息をついた。星詠みで私の危機を察していただいた事は感謝すれど、ため息をつかれる理由が見当たらず、眉間に皺が寄った。
「お前、俺が何にも考えなしで生徒会に勧誘していたと思ってたのか? こういう危険性があるから、生徒会で庇護する意味で勧誘したんだ。・・・ったく、ちょっとは理解しろ」
そういうと、不知火先輩の大きな手が私の頭に乗る。
翼が「彗は俺の! ぬいぬいは触るな!」とかなんとか言ってるけど。申し訳ないけれど今はスルーしておく。
「な、いいだろ?生徒会に来いよ。毎日が楽しいぞ!」
会長が私に手を差し出す。
「会長が仰る「毎日が楽しい」というのは理解しかねますが、生徒会は出来る限りあなたを守ります。もちろん、会長以下、僕も夜久さんも翼君も昴君も」
「仕事は大変な時もあるけど、やりがいがあって楽しいよ。彗ちゃん、一緒にやろう?」
皆が口々に私に言葉をかけるなか、翼だけは私を終始放さなかった。
「彗は俺の幼馴染だし、姫だし、親友なのだ。 だから俺が彗を守る機械を発明してやる! 安心していいぞ!」
「翼君の発明は必ず爆発しますので、安全は保障できませんがね」
「なぬー! そんなことない! 彗の為の発明は絶対爆発しないのだ!」
「成功するといいね、翼君」
青空先輩に釘を刺されつつも、笑顔で会話をする皆を見て ああ、翼も愛されてるんだと、ふと思う。翼が楽しそうにしていると私も嬉しい。
なんだか、一人で肩肘張っているのがバカらしくなってきた。
「・・・一応、考えておきます」
「「「楽しみにしてるぞ(な)(ね)(ます)」」」
「はい!」
・・・なんだか忙しくなりそうだ。
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