第三十三羽 僕のものになるように仕向けよう
オリエンテーションキャンプで翼が私の携帯を壊したせいで、現在、私には携帯が無い。
携帯を持っていない私は所謂「連絡圏外」
誰からも連絡が来ない孤独感と、誰からも縛られることの無い開放感。星月学園に帰ってきてからも、携帯が無いので私が何処にいるか、誰にも分からない。
携帯を持っていたって出なければいいんだけど、持っていると、つい、反応する事が当たり前になってしまっている。私は完全に携帯依存症だと思う。
でも、携帯が無いことって、こんなに自由なんだね。知らなかった! 不便だけど、こういうのも悪くないと思う。
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そんなわけで、兄・昴から禁止されてる「単独行動」も姿を隠してしまえば案外簡単だった。久しぶりの開放感に、足取りが軽い気がする。
そして幸いにも明日は土曜日。学校は休み。気持ちまで軽くなった気がする。
学校に到着するや否や、先生に呼び出しされたフリをして職員室に行き、土曜日の外出許可を取った。外出する理由、それは勿論、新しい携帯を買うため。
翼のおかげで(?)パスワードロックがかかった携帯は爆発、木ノ瀬仕様の携帯はお釈迦になった。正直、助かった。バタバタしていて結局のところ口には出せていないけど、その点は本当に感謝している。
携帯が無いことは確かに自由でいいけれど、私は携帯が在ることが当たり前な生活に慣れてしまっているため、持っていないと落ち着かないのが正直なところ。
新しい携帯はちゃんとパスワード決めてロックかけとかなきゃね! と、同じ過ちを繰り返さぬよう自分に言い聞かせる。
「あっ、その前に、携帯が壊れたことをお母さんに言っておかないと」
両親から電話がかかってきていたとしたら、と仮想した途端、浮ついた気持ちは一瞬にして引き締められる。
ただでさえ遠く離れた辺境の学校に居るのだ、心配をさせてしまうかもしれない。
職員寮に着いた私は、ロビーにある公衆電話で自宅に電話をかける。
RRRRR・・・ガチャ。
《もしもし、成宮です》
「お母さん?私! 彗だよ」
《彗? 久しぶりねぇー。元気? 学校はどう? もう慣れた?》
「うん。昴も一緒だから大丈夫だよ。皆優しいし、友達も出来た」
《二人とも元気そうね、よかったわ。》
「ああ、そうだ、お母さん。実は携帯が壊れちゃって、」
そう言いかけたとき、受話器がスッと奪われる。急に失われた手の中の重力に、一瞬力が抜けた。不思議に思い、あたりを見回した時、目に映る存在に私は目を疑った。
「!!!!!!」
「こんにちは、成宮さんのお母さんですか? 初めまして。僕は昴君のクラスメイトの木ノ瀬梓です」
ちょ!!!!! 何でいるの!?
というか、何で人の親との電話に出てんのよ!!! やめてよ!
受話器を奪おうとするが、私より長い木ノ瀬君の腕に阻まれてなかなか受話器が奪えない。
《あ、あら。初めまして。昴と彗の母です。いつも二人がお世話になってます》
「はい。これからも僕がお世話するのでお任せください」
《ふふ、頼もしいわね。それで、木ノ瀬君は私に何か用かしら?》
「ええ。実は彗さんの携帯を僕の従兄弟が壊してしまったので 携帯は僕達が弁償します。その点だけご了承願えればと」
《あら、そんなの悪いわよ。気にしなくていいのよ?》
「それでは僕らの気が済まないので。お願いします」
《・・・わかったわ。ではお願いするわね。後で木ノ瀬君のご両親にお礼を言いたいので、ご自宅の連絡先を教えて頂けないかしら?》
「ええ、よろこんで」
諦めずにわたわたしている私を他所に、木ノ瀬君は着々と話を進めていく。
ちょっと! 二人して当の本人抜きで話を進めないでくれない!?
木ノ瀬君は、それじゃ、と一言言うと受話器を置く。げ、切っちゃった!
やっと手が離された私は目の前の宿敵に恨み節。
「ちょっとー! 勝手なことしないでよ!!! しかも何、人の母親と話してんのー!」
「はい」
次の文句を言おうとした時、ずい、と目の前に紙袋を突きつけられる。
「・・・何、これ」
「何、って。携帯」
「は?」
木ノ瀬君の顔を伺いながら、おそるおそる袋を受け取り開いてみると、そこには真新しい携帯が入った箱。ご丁寧に私が持っていたモデルだ。
「・・・どうしたの、これ」
「僕が前に使っていたやつ。僕のおさがりだけど」
ああ、だから私の携帯を熟知していたわけか。ようやく納得がいく、って!
ちょっとまったああああぁぁぁあああー!!!!
危うく騙されるところだった!!!
「ちょっと! 何でお母さんにあんな事言うの? まるで私が木ノ瀬君にお世話になってるみたいじゃん!」
「これからそうなるんだから、同じでしょ?」
「知らない、わからない、聞こえません」
「ああ、そう。聞こえなかった? じゃあ、」
「っ! 近い、近すぎ! もっと離れて!!!」
「はぁ・・・いい加減慣れてよ」
「はい????」
もうやだ、この人。話が飛躍しすぎ。
これじゃまるで、私と木ノ瀬君が付き合ってるみたいじゃん! 何がどうしてそうなった! 教えて偉い人!
一人で発狂しては声をあげすぎて ぜいぜい肩で息を整える私に対して、相変わらず涼しい表情の木ノ瀬君。
悔しいので、今はとりあえず、木ノ瀬君はスルーして押し付けられた携帯を開く。・・・おさがりとはいえ、傷一つ無い。
几帳面なんですね、と頭の隅でちょっとだけ思った。本当にちょっとだけ。
そして予想はしていたが設定を確認する。
思ったとおり、オーナー情報は「木ノ瀬彗」のまま。
しかもアドレス帳保存しておかなかったから、電話帳には木ノ瀬君だけ。
そして、パスワードかかってる。
・・・おのれ木ノ瀬!
「SIMカードはかろうじて無事だったから、番号は変わってないよ。元の携帯が壊れたおかげで、なんだか僕との専用回線みたいだね」
「木ノ瀬君、一度脳内検査を受けた方がいいよ」
「お礼は彗からのキスでいいよ?」
「聞けよ、このばっつん!」
木ノ瀬君は私の文句なんてスルーで自己中に話を進める。もうやだ、早く部屋に帰りたい。
「・・・まぁいいや。あまり長居すると先生が来そうだから僕は帰るけど。ああ、そうだ。後で携帯のスケジュール帳を確認しといてね」
そう言うなり、木ノ瀬君は自分の寮へやっと戻っていった。
ああ、やっと開放された・・・と思って、ん?スケジュール?と
言われたことが気になり、カレンダーを開く。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「な・・・なにこれええええええ!!!!!」
再び、私の声が職員寮に響き渡った。
その声を肩越しに聞いた梓は、してやったりと噴出した。
スケジュール帳には、びっしりと梓とのデートの予定が。
ご丁寧に課題のロードワーク用にとアラームも設定されている。
しかもパスワードロックがかかってて、予定が消せない!
「・・・・・・・・・・・・・・・決めた。解約しよう、これ」
彗はその足で保健室へ駆け込んで琥太郎先生に泣き付き、事情を説明した。
盛大にため息をつかれたが、必死に食らいついてなんとか街までついてきてもらって、現携帯を解約、再度新規加入して番号を変えた。今度はパスワードロックもぬかりない。
ほくほくして携帯電話ショップから出てきた私に、招かれざる客。
「あれ、彗? 偶然だね」
「!!!!!!(何故お前がここに居る!?)」
「あ、携帯変えたんだ? 僕にも連絡先教えてよ」
「断る!!!! 助けて先生!!」
「木ノ瀬・・・」
「なんですか、先生。その『うわぁ』とでも言いたげな表情」
「わかってるじゃないか。」
「ちょ! 先生! 仲良くしてないで助けてください!!」
「よし、じゃあ学園に帰るぞ」
「はーい」
「ちょ!!! 人の話を聞けーーー!!!!」
結局、携帯を変えたことがバレて、車内で連絡先を教えろとの押し問答があったがなんとか死守した。
木ノ瀬君にこれ以上、私の個人情報を流すわけにはいかない!私の中のいろんなものが危険に晒される気がする!!!
隣でにっこり微笑む天使の皮をかぶった悪魔に、私は悪寒を感じた。
(なんでそんなに全力で拒否るのさ)
(なんでも! ぜーったいヤダ!!)
(ふーん、彼氏に向かってそういう口聞くんだ?)
(いつそうなった!? というか、私の記憶には無い設定なんだけど。木ノ瀬君の妄想だよ、それ)
(・・・・・)
(ちょ! くっついてくるな! そして近い!)
(いいじゃん。彼氏になってあげるって)
(謹んでお断りします)
(・・・・木ノ瀬、必死だな)
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