第三十二羽 隙あらば

「よろしく、成宮さん」

「よ、よろしく」


とりあえず、帰れる。
小熊くんには申し訳ないけど、今の私にはそれが精一杯の気持ちだった。

昨日の一件で機嫌は未だに悪いが、これ以上天文科の皆に迷惑をかけてはいけない。
ただでさえ、閉会式の最中、教師達の視線を痛いほど浴びせられていたからだ。

だから、天文科だけ残された時は 本気で焦った。私のせいで皆が怒られてしまうと思ったから。
教師達の機嫌がいい今だけは、夕べの事は忘れることにしよう。

くじ引きも終わり、バスに向かう隊列を組んだ天文科は野次馬の波を分けて歩き出した。
野次馬達も、隊列に続いてバスまで向かう。予定より随分時間がおしてしまったが、
ようやく全てのクラスがバスに乗り込む前の集合場所に集まった。

帰りのバスに乗り込むため、クラスごとに整列し順番を待つ。
・・・本当にいろんなことがあった3日間だった。寮に帰ったら、とりあえず・・・眠りたい。
そう思いながら、ふいに顔を横に向けた時だった。


「やぁ、彗」


・・・・・・


人間って、怒ると凄くエネルギーを使うって、どこかで聞いた気がする。
・・・疲れてる。私、不機嫌過ぎて本当に疲れているんだね。現在進行形で幻覚および幻聴の症状が見られます。
すっごくにこやかに笑う木ノ瀬君が見えたし、木ノ瀬君の楽しそうな声まで聞こえるようになってきた。

うっかり見えてしまった私の不機嫌の原因、木ノ瀬梓から視線を外すように、体ごと背を向けて座りなおした。


「・・・ねぇ、なんで向きを変えて座るの?こっち向いてよ」

「遠慮しておきます」

「そんなに警戒しなくてもいいのに」

「・・・・・」

「ね、ねぇ木ノ瀬君、成宮さん、明らかに嫌がってるみたいだよ?そっとしといてあげたら?」


私を挟んで木ノ瀬君とは丁度反対側に座っていた小熊くんが助け舟を出してくれた。
ナイスだ、小熊くん!そうそう、もっと言ってやって!
そう心の中で応援していたのもつかの間、


「小熊は黙っててよ。これは僕と彗の問題なの」


木ノ瀬君の容赦ない言葉のジャブに、小熊くんが固まった。


「っ!!木ノ瀬君!? いつから成宮さんを呼び捨てに!?」


そう言うと、小熊くんは涙目になって天を仰ぎ始めてしまった。
えっ!?ちょ、ちょっと!突っ込むところソコなの!?というか、メンタル弱すぎでは!?
助けてくれるんじゃないの、ねぇ、小熊くううううううん!!!

もう少しで私の中で救世主になるはずだった小熊くんはがっくり肩を落として消沈状態。
してやったりの木ノ瀬君は涼しい顔であさっての方向を向いている。

この3日間の主旨「クラスを超えて親睦を深める事」・・・そんなのは嘘だ!
親睦を深めるどころか、私にとってはますます溝が深くなるよ!
いつの間にか木ノ瀬君のペースに巻き込まれる。そんな木ノ瀬君が本当に苦手だ。
というか、携帯直してほしい本気で!

そんなわけで、少しでも気を抜けば 私が一触即発な状況に陥ってしまうので
なるべく視線を合わせないように、気を向けないようにと、必死で自分に言い聞かせる。
過剰な反応をしなければ、この程度の会話で済む。
とにかく、今はこの状況を乗り切らなくては!

でも・・・あああ、頭が混乱しすぎておかしくなりそう。


「日曜日も約束したのに、今日もなんてね。ここまでくると僕達、本当に運命的だよね」


ピシッ


私の中で何かの箍が外れた音が聞こえた。


「・・・携帯」

「ん?」

「携帯のパスワード、変えたでしょ」


ああ、もう気が付いちゃった?と言わんばかりに満面の笑みで答える木ノ瀬君。


「ああ、夕べ連絡先を(無理やり)交換した時にちょっとね。勿論、全て狙ってやってるんだけど?」

「何故そのようなことをするんでしょうか」

「だって、そうでもしなきゃ僕の連絡先消すくせに」

「うっ! どうしてわかった」

「顔に書いてある」

「えっ!うそ!?」


そう言われ、私は思わず顔中を触ってしまった。
そんな私を見た木ノ瀬君は、「顔になんて書いてあるわけ無いじゃん」的な表情でニヤニヤ笑っている。


くっ・・・!またしても奴のペースに!!


「まあ、いいじゃん?特に困って無いでしょ?」

「すっごく困ってる。あれじゃ、この先、誰ともアドレス交換できないし」

「そんなことさせるわけないでしょ?バカじゃないの?」

「な!バカなんていわれる筋合い無いよ、このぱっつん!!」


思わず大きな声で反論し、その場に立ち上がってしまった私を昴と翼が無理やり座らせる。


「ばか!これ以上騒ぎを大きくするな!」

「彗?どーしたんだー?」

「むーーー!!」

「ぬあ!彗が怒ってる!?」

「・・・ほお。これはまた随分と嫌われたもんだな、木ノ瀬」

「成宮、お前の妹ってわかりやすくて面白いよね」

「もー!頭きた!昴う!なんなのこの人おおおおお!」

「ちょ、落ち着け彗。本当に何を怒ってるんだよ」

「木ノ瀬君が私の携帯のパスワード変えちゃって。いろいろ設定変更できなくて困ってるの!」


私の一言に、昴が一瞬固まる。


「木ノ瀬・・・本当にお前ってやつは・・・!!」

「前に、隙あらば彗を狙いにいくって言ったよね?僕」

「ぬがが!梓ばっかりずるいぞ!俺、まだ彗のアドレス知らないぞ!彗、ちょーっと貸して」


翼が私から携帯を奪うように持ち去っていく。ああああ!ちょっと待った!
翼を止めようとした時には既に、翼が一連の作業を終えてしまった後だった。


・・・ああ、終わった・・・さよなら、私の初恋


「ぬ?・・・・ぬぬぬぬ!!!!」


案の定、翼が奇声をあげる。そして私の元に走ってきた・・・
この先の展開は、予想できて怖い。


「彗ーー!!いつから梓の苗字になったのだ!?俺聞いて無いぞ!ぬわーん!!!」

「は!?何だそれは!!!彗!どういうことだ!!!」

「だ、だから!!それは木ノ瀬君がいたずらしたんだよ!」


私の双肩をがくがく揺らす翼から、私の携帯を奪い取った昴はオーナー情報を確認する。そして


「木ノ瀬彗 090-xxxx-****」


私のオーナー情報を確認すると、わなわなと肩を震わせてぐるり、とこちらを振り返った。


「きーーーのーーーせええええええ!!!!」


静かにしろ、と言った本人が 木ノ瀬君を捕まえようとした時、木ノ瀬君が逃げ出したので
昴も釣られて追いかけ始めた。
ものすごい形相の昴に追いかけられているのに、余裕で逃げる木ノ瀬君。ある意味すごいかも。
そのまま二人でどこかへ走り去ってしまった。

そんな二人を見送って、私は隣に居た翼に話しかけた。


「ねぇ、翼。携帯のパスワード、変えられないかなぁ?」

「ぬ?俺にまかせろ!直してやる!」


え、あ、ちょっと!と思った頃には時既に遅し。
翼は私の携帯を精密ドライバーで分解していく。
既に基盤まで見えてる・・・それ、直してるんじゃなくて、壊してない?


「ぬぬー、ここを変えれば、、、ぬわ!」

「えっ!?」


ドカン!!!!


爆発音がして、私と翼は勿論、周囲に居た生徒たちまでその煙に巻き込まれた。
皆、ゴホゴホ咳き込んで煙が散るのを待つ。


「ちょっと翼!なんてことすんのーーー!!」

「ぬぬぬ、なんで爆発するのだーーー!」

「何で?じゃない!どうしてくれるのー?私の携帯ーー!!」

「ぬわあああ!ゴメンなのだああ!」


ちょっとなんてことすんのよ、この従兄弟共め!

しかしこの後、騒ぎを起こした私たち4人はバスには乗る事が出来ず、その場に居残って
先生達からたっぷりお説教を食らうこととなった。
私にとっては散々なオリエンテーションキャンプでした。

[ 33/47 ]










「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -