第三十羽 自らその視界に飛び込む
「いったた! 足痛い!」
昴に長時間正座させられた足は、血行がすこぶる悪くなっており、その証拠にしびれがきれて限界をも通り越していた。すでに感覚が無い。・・・これは大変なことになりそうだ。
しびれで動けなくなる前に、布団に入ろうとしたその時、部屋のドアがキイ、と開く。
「成宮さん」
「え?」
声のした方を見ると、さっき帰ったはずの木ノ瀬君がこちらを覗いていた。彼は部屋には入らず、にんまりと表情を緩める。
「・・・昴たちと帰ったんじゃなかったの? 忘れ物?」
「まぁ、忘れ物といえば忘れ物かな。」
そのまま木ノ瀬君はドア枠に背中を預ける。
私は動かない足を庇いながら、周囲を見回す。・・・それらしきものは見当たらない。
「えーっと、無いみたいなんだけど、何を忘れたの?」
「借り、」
「え?」
借り、って言った? その言葉の意味は分かるが、木ノ瀬君の意図がわからなくて聞き返す。木ノ瀬君は予想通りと言わんばかりの表情で口端をあげた。
「さっき、成宮に帰るように差し向けた借り。それが忘れ物」
「え、あっごめん。さっきは有難う」
「そうじゃなくて、」
「・・・今度の日曜日に僕とデートね。あ、拒否権は無いからそのつもりで」
・・・何? デート?
誰と誰が?
つか、こちらの都合は聞こうか。なんという自己中。
「・・・木ノ瀬君、頭沸いた?」
「成宮、もう一度呼んでこようか?」
「嘘ですごめんなさい」
何か脅迫めいたこと言われた気がしたのは気のせいじゃないよね!?
それでも昴に来られるのはいろいろ困るので謝っておく。
「じゃ、携帯貸して。連絡先交換するから」
「やだ」
「えーっとお、成宮の番号は・・・」
「ああああ! わかったから!!!」
「最初から素直に渡せばいいのに」
何こいつ! 一々人の弱みに付け込みおってからに! 日曜日のデートなんて、何かの罰ゲームか。足の痺れが最高潮に達している私は、ちょっと動くだけでも辛い。ちょっと苦痛な表情をした私を木ノ瀬君は見逃さず、的確に爆弾を投下してきた。
「何? 足がしびれてるの?」
!!!!!
気 づ か れ た!!
ドアの位置から動かなかった木ノ瀬君は私が動けないことをいいことに、ニヤニヤしながら遂に部屋に入ってきた。
私から携帯を受取ると、手馴れた手つきで連絡先を交換していく。
私の連絡先を見たところで、ちょっと表情が曇った気がしたけど気にしない!
とりあえず、早く帰れ。
「はい、終わり」
そういって、私の足に携帯を乗せてきた。
「(ぎゃっっ!!!!!!!!)」
痺れでぞわぞわした感覚が全身を襲う。私の表情を面白そうに見ながら、木ノ瀬君は部屋を出た。
「じゃ、明日からもよろしく。おやすみ、彗?」
「っ! 呼び捨てにすんな!! もう帰って!」
「ははは。じゃあね」
投げた枕が閉まるドアにボフンと当たる。
全く! なんなの木ノ瀬君て! 人のこと馬鹿にして、許せないっ! 連絡先なんて消してやる!
頭にきた私は、早速自分の携帯を開いて木ノ瀬君のデータを消そうとする。
・・・しかし、どうやっても消えない。おかしい。
「あれー? なんで消せないの?」
カチカチいじっていると、木ノ瀬君のデータに鍵がかかっていた。
解除して削除してやろうといろいろ試みる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あ ・ い ・ つ!
私の携帯のパスワード変えた! これじゃあ削除できないじゃん!!!
頭にきて、オーナー権限の項目から解除しようとした。
「へ? ・・・・・・あーーっ! 何これぇ!?」
オーナー情報が「成宮彗」ではなく「木ノ瀬彗」になっていた。
木ノ瀬ええええええ!
私の叫び声が職員部屋エリアに響き渡った。
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「プッ、怒ってる怒ってる」
してやったりの梓は、くくく、と笑いを堪えながら自室へ戻った。
手段は姑息だったけど、自分をアピールするには十分だった。
後で成宮にはお礼を言わなくては。
「いやあ、これから楽しみだなぁ」
職員部屋で一人発狂する彗を思い浮かべながら、その身を布団へ滑り込ませた。
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