第二十九羽 大魔王降臨

随分前に散歩に行くといって自室を出た翼が慌てて戻ってきた。理由を聞けば成宮さんが倒れたらしい。


翼、お前は一体何をしてたんだ?


とツッコミたいところは山ほどあるが、今はそれどころじゃない。
血相を変えた成宮を追いかけ、僕は翼を連行して成宮さんの部屋へお邪魔する。


「彗!!」


成宮が勢い良く部屋のドアを開ける。
・・・ちょっと、いくらなんでも、そんなんじゃ先生にばれるよ?

そんな僕の心配を他所に、成宮はズカズカ部屋に入っていく。
一応女子の部屋なんだけど、という忠告も華麗にスルーされた。シスコンモードの成宮は無敵だ。まさに”馬の耳に念仏”。


「おい! 彗! 大丈夫か!」


成宮はぺちぺちと妹の頬を叩いて呼びかける。・・・・・・や、それ、フツーに痛そうだよ?

そう心の中でツッコミを入れていたら、成宮さんの意識が戻ったようで、身じろぎする様子が見えた。そして、片手が上がったと思った瞬間、


「っ痛い!!」


バッチーン!!


成宮が平手打ちされた。・・・や、これは痛そうだ。


---


「「で?」」


目の前には私が叩いた(らしい)せいで頬が真っ赤な昴と木ノ瀬くん。
二人の背後に真っ黒なオーラが見えるのは気のせいだよね。
うん、木ノ瀬だけに気のせい!

そして何故か私と翼は二人に命じられ正座させられている。
ここは私の部屋。つまり女子部屋。

先生が来たらどう言い訳するのよ! と今は口で言っても効力が無いので、心の中で叫んでみた。


「・・・・・・何故こうなったか聞いている」


昴が腕組みしながら私を見下ろす。


「え、、、えっと」

「はっきり言わんか!」

「は! はいいいい!!!!」


怖い! リアルに怖いよ昴さん!!
そりゃ、叩いた(らしい)のは悪かったと思ってるよ?でもさ、不可抗力じゃないの?私、気を失ってたんだよ?その辺、少しは汲んでくれてもいいじゃん!

恨めしそうな目で昴を見たが、今の昴はめちゃくちゃ悪人面だ。相当怒っている・・・・・・うう、怖い。こうなってしまっては、昴の怒りがおさまるのを堪えて待つしかない。
そして、きちんと筋の通った理由を述べて謝らなくてはいけない。


「・・・私が覚えている限りですが、」

「何だ、その『覚えてる限り』とは」

「だってしょうがないじゃん! 気を失ってたんだから」

「あぁ?」

「いいえ、なんでもないです。ごめんなさい」


あと、何も言わないけど 昴の隣でニコニコ笑ってる木ノ瀬君がもっと怖い。明らかに怒ってるよね? え? なんで怒るの? 私、木ノ瀬君に何かした?

とりあえず、目の前の大魔王をおさめなくてはいけないので木ノ瀬君はスルーで。
私は「覚えてる限りの記憶」を昴に話す。


お風呂に入って自室へ帰ったら、睡魔に襲われ、そのまま眠ってしまったこと。
その後、翼から電話があり、少し話したこと。
電話を切った後、翼が自室へ来て驚き、固まって、がくがく揺さぶられたら
失神してしまったこと。

かいつまんで話したが、これで話は成立するはずだ。細かいところなんて・・・・・・・・・とても言えない。


「・・・ほお、それで彗が失神したから天羽は慌てて俺を呼びに来たと言う訳か」

「びっくりしたんだぞ! ゆさぶったら失神するなんて思わなかったからな!」

「天羽は黙ってろ!」

「・・・ごめんちゃい」


翼は昴にジロリと睨まれてしゅんとする。
木ノ瀬君が翼に対して青筋を立てているのは何故だろう? 翼ってば、木ノ瀬君に怒られることしたのかなぁ?


「つまりだ、」


昴が再び翼をジロリと睨んだ。
・・・ああああ、昴の判決が始まった! お願いだから、軽い罪で済みますように!


「天羽は俺の携帯から彗の電話番号を探して(お怒りポイント@)電話をかけ、

 消灯時間はとっくに過ぎているのに(お怒りポイントA)

 男子禁制の彗の部屋にきて(お怒りポイントB)

 彗を泣かせた挙句(お怒りポイントC)

 失神させたと(お怒りポイントD)」


「成宮・・・、また随分と盛ったもんだね」

「これでも軽い方だ」

「うわぁお・・・」


従兄弟への判決を面白おかしくいい表した木ノ瀬君は ふう、と一息ついて腕組みをはずした。


「とにかく! 俺は一刻も早く彗に会いたかったんだ! それのどこが悪いんだ!?」

「悪いところだらけだ! この不埒者!!」


ゴツン!!


「いってえぇぇぇえええ!! 何すんだよ昴!」

「何じゃない! 嫁入り前の娘の部屋に躊躇いも無く入りおって!」

「ぬ?その点は安心していいぞ! 俺が一生面倒見るからな!」

「そういう問題じゃない!!!」

「あ、あの!」

「何だ!!!!」


言いたいことがあったから、昴に声をかけたんだけどやっぱり怒られてしまった。
ちらりと時計を見やる。・・・・・・凄い時間だ。
そのまま視線を木ノ瀬君に向ければ、彼もこちらを見ていて私が何を言おうとしていたのかわかったらしい。・・・聡い。

そのまま翼の胸倉を掴んでいる昴に木ノ瀬君が声をかけた。


「成宮、ちょっといい?」

「何だ、木ノ瀬。お前は天羽の肩でも持つつもりか」

「まさか。翼のことは任せるけど、時計をみてごらんよ?」

「む?なんだ、時計とは・・・」


昴はちらりと時計を盗み見て、次の瞬間、しまったという表情で翼から手を離す。


「・・・っ! すまん、彗こんな遅くまで。天羽、木ノ瀬、部屋に戻るぞ」


昴はバツが悪そうな表情で 私の方には振り向かずに二人を連れて部屋を出ていった。

この時の私は、木ノ瀬君の機転に甘えてしまったことを後悔する事になるとは思っても居なかった。

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