第二十八羽 魔法使いの告白

・・・なぁ、君は何に怯えているの? その小さな体で何に立ち向かおうとしているの?



----10年前。


「どうしたの・・・」


近所の公園で一人の女の子が公園の隅で泣きじゃくっていた。

いつもなら、見て見ぬフリをしたはずなのに、その日は何故かその子が気になった。


「・・・っ、お兄ちゃん、の、ね・・・ひっく くるま・・・お父さんに、買ってもらった、のに・・・いじめ・・・っこに・・・とられ、て」

「・・・こわされちゃったのか?」

「・・・っ、うん・・・ひっく・・・」


アンタレスみたいにきらきら光る赤い車。とても綺麗なそれは、今は泥にまみれて静かに地面に置き去りにされていた。俺は思わずそれを手にとって隅々まで見てみた。


「これぐらいなら・・・なおせるよ・・・たぶん」


ぽつりと呟いて、俺はポケットに入れておいたドライバーでねじを外し、配線が外れたところや小石が詰まってモーターが動かなくなったところを修理していく。
いつの間にか、泣いていたその子は俺の傍に来ていて、目をキラキラさせながら作業を見つめていた。
時折、「うわー、スゴーイ!」「えっ、そこも直すの?」とか声をあげては表情をコロコロ変えて。
しばらくすると、車は元通り、スイッチを入れたらちゃんと走るまでに直った。

「わあ! すごい! さっきまでこわれてたのに。ねぇ、どんなまほうをつかったの?」

「まほう?」


俺はその言葉に、目を丸くして驚いた。これは魔法じゃない。ただの修理。
そう言おうとしたけれど、すっかり元通りになった車を持って、はしゃぎ回る女の子を見ていたら それでもいいやと思えてきた。
女の子は急に俺に向き直り、満面の笑みでこう言った。

「このくるま、なおしてくれてありがとうっていってるよ! わたしからもありがとう!」

「うん・・・べつに・・・」


俺は照れくさくて小さく呟く。そして


「おれの・・・まほうがきいたならとてもうれしい」


と言った途端、急に嬉しくなって自然と顔が緩んだ。女の子も一緒になって笑ってくれた。
そして、教えてくれたんだ。その名前を。


「わたし、成宮彗。」


俺は全てを思い出した。



---
どれくらいそうしていただろう?
私の髪を優しく撫でる翼が 腕の中の存在に小さく語りかけてきた。


「なあ、彗。そのままでいいから聞いて」

「・・・・・・うん」


「俺、あれからずっと考えてた。小さい時に彗と会っていたのに、どうして忘れちゃったんだろうって」

「・・・・・・え?」


何を、と問いかけようとしたけれど、うまく言葉が出てこない。


「彗が初めてだったんだ、俺と友達になってくれたのが。 すっごくうれしかったんだ」


ちょっと待って、一体何のこと?


「でも、君はすぐいなくなって。俺の傍からいなくなった。すごくすごくさみしくて。一人になったのがすごく怖くて。彗を思い出すのが怖くなってた」

「いつしか、俺は彗との思い出を忘れることで さみしさを紛らせていたのかもしれない」


想い出の断片、青い髪。・・・似ている。でもまさか、と思う気持ちが交錯して頭が混乱する。


「俺の・・・」


翼は彗を自身の腕の中から開放すると、彗の両肩に手を乗せる。


「俺の魔法が効いたなら、とても、嬉しい」

「!!!!!!!」


その、言葉は。


雷に打たれるような衝撃というのは、こういうことを言うのだろうか。
全身が粟立つ。息が止まる。そしてこみ上げる、10年間の想い。


”おれは、天羽翼。”


涙が、止まらない。



「私の・・・」

「え」


再会を喜ぶ前に、伝えなければいけないことがある。私は意を決して顔を上げて翼を見た。


「私の”青い魔法使い”は、私に魔法を見せてくれた。私を友達だって、言ってくれた。あの日の彼の笑顔は10年間、一度だって忘れたことはなかった。」

「彗・・・」

「でも・・・なんでだろ」

「?」

「今は・・・”青い魔法使い”の事なんてどうでもよくなってる。想い出よりも、こうして来てくれた翼の傍に居たいと思う。・・・友達でいいからこれからも傍に居ていいかな」

「だめ」



三度目の、拒絶。
ああ、もう、



「友達じゃ、だめ!」








拒絶されたかと思ったら、思いがけない言葉。崩れかけた気持ちが寸でのところで持ちこたえる。


「・・・俺はこういう気持ちをうまく言葉で表すことは苦手なんだ。でもどうしようもなく彗に惹かれてるのは本当。多分、じゃない、予言の通り、俺の姫は絶対に彗なの!だから友達じゃない。じいちゃんとも約束したんだ。俺が一番近くに居てずっと守っていくって。」

「俺は、彗がいい。これからもずっと俺の傍に居て?」


一瞬がこれほどまでに永く感じた事はなかっただろう。翼からの思いがけない告白に、彗は固まってしまった。



・・・・・・・・・


自分の告白に対して、一向に答えを出さない彗にしびれを切らせた翼。


「きっと照れているんだろう」と思い、いたずらっぽく顔を覗く。


「彗ーー?」


覗きこんだ顔は、驚きの表情をぴくりとも崩さず固まっていて。翼の浮かれモードは、瞬時に慌てモードに切り替わった。


「わわわ、彗、どうしたのだ? しっかりするのだー!」


がくがくと肩を揺らされ、頭ががくがく揺れる。あああ、神様、私、頭までクラクラしてきました。一回失神してもいいですかね?

そう思ったら、彗の意識はプツリとブラックアウト。力なく崩れた彗に、更に慌てる翼。
助けを求めに自室へ帰った翼は、昴と梓にこっぴどく叱られるのであった。

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