第二十七羽 その存在に手を伸ばす
「な・・・んで?」
何でここにいるの?
私、来ちゃダメって言ったよね?
状況が唐突過ぎて、言葉が喉から出てきてくれない。
それでも体は頬を伝う涙を必死に拭い、平然を保とうとする。
「彗」
部屋に入ってきた翼が私の目の前に立つ。
ぼやける視界に翼を捉えた私は思わずうつむいて、早まる鼓動に言葉を無くす。今はとてもじゃないけど翼を直視できない。
「・・・彗?」
翼が目線を私に合わせてしゃがみ込んだ。私の頬にそっと手が添えられる。
「な・・・んで、ここにいるの」
「ぬ? だって彗が電話を切っちゃったから」
今にも潰されそうな早鐘を掴んで私は目をぎゅっとつぶる。
「・・・ここ、男子禁制だよ」
「知ってる。・・・でもどうしても今、彗に会いたかったんだ」
翼の手に力が篭り、ゆっくりだが強制的に上を向かされる。
いつもの翼とは別人のようなその柔らかい表情が私の呼吸を一瞬止めた。
・・・・・・ああ、だめだ。涙が決壊する。
「・・・このままぎゅーってしてもいい?」
「だめだって、いったじゃん」
「・・・だって、彗が泣きそうだから」
そういって、翼は私の頬においていた手を私の後頭部に回し、その腕の中に閉じ込めた。
「・・・やっと捕まえた」
「・・・・・・」
翼の匂いに包まれた途端、私の涙は一気に決壊した。私の頭の中も、いろんな思いで浸水状態だ。
このまま翼に身を預けたい気持ちと、秘密を守るために毅然としなきゃいけない気持ちが同居して私の心を揺さぶる。
早すぎる鼓動と羞恥で自立する力を削がれた私は、堪らずに翼のシャツを掴んだ。
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電話を切られた瞬間に、俺は彗の部屋へと走り出していた。
知らない感情が俺の体を支配する。わかることは、一秒でも早く彗の元に行かなければいけない、それだけだ。
それから先のことは、そこで考えればいい。
有志の行事が行われているため、館内は人もまばらで、俺は難なく彗の部屋に辿り着く事ができた。
ドアを開けると、携帯を持ちながら天井を仰ぐ彗を見つけた。
「バカみたい・・・今回は私が拒絶しちゃった・・・」
自嘲気味に言葉を零す彗に、俺は思わず声を掛ける。
「バカじゃないぞ!」
俺の言葉に、彗が驚いてこちらを振り向く。・・・今にも泣きそうな、頼りない、表情。
それは俺を突き動かすには十分な対価だった。名前を読んで傍に歩を進め、屈んでその頬を両手で包む。
未だ俯いたままの彗が涙の代わりに言葉を零す。
「な・・・んで、ここにいるの」
彗が電話を切ったから、と簡潔に答えると、彗の瞼の震えが俺の両手に伝わってきた。
徐々に上がる体温、顔の熱。彗は俯きながらもこの場所が彗以外の進入が禁止されていることを告げる。
だから何だというのか。規則なんて、今の俺を止める手段にはならないのに。
俺はそれを伝えるように、自分に向き直らせ、その瞳を覗き込む。
今にも零れ落ちそうな涙をその目いっぱいに溜めて それでも俺を見るその気丈さに、たまらず手を伸ばす。
小さな体はすっぽりと俺の両の腕に抱かれた。
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