第二十六羽 踏み込まない理由

「昴!」

天文科から宇宙科のグループに戻ってきて、はい、とペンを渡した。


「あれ、どうしたんだ?これ」

「天文科の特別講師が国立天文台の人でね。お土産だって」

「へぇ、土星のボールペンか。ありがとう、彗」

「えへへ」


彗が気恥ずかしそうに昴に笑いかける。
誰かに何かをもらうと、必ず彗は複数もらってきて俺に分けてくれるのだ。
子供の頃は当たり前だと思っていたが、成長した今では、これが彗なりのやさしさなんだと思う。


「天羽と木ノ瀬にはやったのか?」

「翼には後で渡すよ。ただ、木ノ瀬くんには昴から渡してくれない?」

「何故?直接渡せばいいだろう?」

「や、なんか、さあ。・・・木ノ瀬くんて苦手で」

「・・・ああ、成程。わかった、渡しておく」

「ありがとう、昴」


じゃーね! と彗は天文科のグループに戻っていく。

今日は夕食、入浴の後は自由時間だ。有志で肝試し大会もあるらしいが。
どう考えても、彗をペアに選びたくて企画されたとしか思えない。幸いなことに、彗は参加しないと言っていた。
何でも目に見えないものが怖い、だからだそうで。
まぁ、俺としては彗が狼どもの餌食になるかのせいが減るだけで助かるのだが。


夕食後、俺は彗に会い、肝試し大会について再確認をした。予定通り、彗は参加しないらしい。俺は彗に自室に居るように言い聞かせ、外へ出かけていった。



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今日は夕食後、有志の肝試し大会が開催される。
皆には内緒にしていたが、私はこのイベントには参加しない。
理由は、目に見えないものやお化けの類が私は苦手なのだ。
それはそれで、女子的にはチャームポイントなのかもしれないけれど、
お化け役の先生や生徒に脅かされるのは寿命が縮まりそうだからはっきりいって嫌だ。
夕食後、私は自室へ戻って居留守を決め込む。




その時、私の携帯が鳴った。


この学園で私の携番を知っているのは昴だけだ。何だろう?何かあったのかな?
私は携帯画面を覗き込んだ。

見たことも無い番号が、画面で私の受信を待っている。


・・・誰だろう、この番号?


私はディスプレイに映る見慣れない番号をしばらく眺めていた。

間違い電話なら、すぐに切れるだろう。そう思って。

だけど、電話は一向に切れることが無い。・・・もしかしたら中学時代の知り合いかも?

そう思って、通話ボタンを押してみる。


「・・・はい・・・」

「ぬあー! 彗! やっと出たー!」

「・・・・・・え! つ、翼!?」


電話の主は翼だった。私は裏返ってしまった声を落ち着かせる。


「え、えっと。とりあえず、なんでこの番号知ってるの?」

「昴の携帯から探した」

「ちょっと! それ、やっちゃだめ! 犯罪だから!」

「何で」

「何でも!」

「ぬー・・・」


電話の向こうで残念そうに唸る翼に、何か用? と聞いてみたら そっち行っていいか? と聞かれた。


「却下」

「ぬあー! なんでだ!?」

「常識的に考えてもだめなんじゃないかな? 翼は肝試しあるんでしょ? 私の部屋は女子の部屋。男子禁制なんだけど」

「肝試し? 俺は参加しないぞー? 部屋で発明品作ってた方が楽しいし」

「へー」

「ぬー・・・」

「唸ってもダメ」

「彗ー」

「なに?」

「・・・俺、今、すごく彗に会いたい。会って聞きたい事、ある。」

「今はダメー」

「彗のけち」

「けちでもいいよ。規則は守ろう?」

「じゃあ、じゃあ!! 明日、ぎゅーってしていい?」


え!?


・・・・・・今、ぎゅーって言った?
もしかしなくても、ぎゅーって抱きしめるって事だよね? ・・・何で、何でそういう展開になるの?


「ね、ねぇ、翼? ちょっと落ち着こうか?」

「俺は至って冷静だぞ!」

「いやいやいや、ぎゅーって時点で違ってると思う」

「だっていつも俺、彗をぎゅーってしてるじゃん」

「あれはぎゅーじゃなくて、背中に乗っかってるだけでしょ?」

「ぬー、違うのか?」

「違うんじゃない?」

「じゃあ・・・」

「ん?」

「前に生徒会室に来た時、くまったくんの声を聞いたって言ってただろー? あれ、どうして聞こえたんだ? それ教えて。」

「え!」


それは約1ヶ月前の話。私が廊下で見つけたくまのぬいぐるみを生徒会室に届けた時に起きた出来事。その時 翼は私を警戒していたし、興味もなかった様だったから忘れてくれたと思っていた。

だが、翼はしっかり覚えていたようだ。

今になって、あの時の失態を悔やむ。・・・・無闇に口にするべきではなかった。翼が青い魔法使いに似ていたからと言って油断していた。私は電話口で慌てた様子を見せないようにして、精一杯惚けた。


「え? そんなことあったっけ? や、やだなぁ、大体ぬいぐるみの声が聞こえるわけ無いじゃん?」

「ぬ! あったぞ! あの時は彗のこと、変な奴だなーとしか思ってなかったけど。くまったくんを届けに来た時、確かにそう言ってた。」

「・・・・・・気のせいだよ」

「違う!!」

(!!!)


翼の強い口調に驚いて、思わず言葉を止めてしまった。・・・しまった、これでは更に追求されてしまう。普通に生きるために十数年、家族ぐるみで隠してきたんだ。こんなところでさらけ出す訳には行かない。


「ちょ、翼? どうしたの? 何怒ってるの?」

「怒ってなんかない! 彗がはぐらかすからだぞ?」

「な、そんなことないよ。大体何をはぐらかす・・・」

「聞こえたんだろ? くまったくんの声」

「聞こえてない」

「彗」

「・・・何?」

「彗は俺の”姫”だろ?」

「・・・それとこれと、どういう関係が?」

「俺の姫は、俺を大切にしてくれるってじいちゃんが言ってた。だったら俺も俺の姫を守りたい」

「言いたくないなら、今は聞かない。でも俺は彗の全部を受け止めるつもりだから」

「本当に何も隠して無いよ。翼の気のせいだよ?」

「お願い、彗」


いくらはぐらかしても、翼は全く退いてくれない。これ以上話し続ける自信が無くて、ちょっと卑怯だけど電話を切る方向に無理やりもって行く。


「・・・翼? いい加減にしないと怒るからね!じゃあね!」

「ぬあ! ちょ、」


ブチン!


彗は通話ボタンを切って、携帯の電源も落とした。あれ以上話をしていたら、ボロが出てしまったと思う。
最悪、翼という友達を失っても、守らなければいけない秘密が私にはある。守らなければ、周囲が危険に晒される。それだけは譲れなかった。


無理やり電源を切った携帯を持つ手が 若干震えている。


つんと鼻をつく痛みに、私は天を仰ぐ。零れ落ちそうになる涙を 唇を真一文字に結んで必死に堪えた。
はぁっ、と息を吐くと、涙とともに 胸の奥から言葉が零れ落ちた。


「バカみたい・・・今回は私が拒絶しちゃった・・・」


フッ、と自嘲的な笑みをこぼす。


「バカじゃないぞ!」


私はバッと振り向いた。


「彗は、バカじゃない」


そこには、さっきまで携帯で話をしていた翼が息を切らせて私の部屋のドアを開けて立っていた。


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